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ウンザリするようなネット上の健康情報は、そろそろ撲滅させたいと思う

メディア

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ネットの検索って全然便利じゃない!

最近、ネットの検索ってめんどくさいなあと思うことが増えた。例えば、健康情報を調べたくて検索して、こぎれいなサイトに、

「○○○○って、×××××××なんです。だから体にすごくいいんです」

と書いてある記事を見つける。

なんとなく、ほんとっぽい。でも、根拠が書かれていないから、記事の内容が事実かどうかは不明。事実かどうかを調べるために、また検索する。事実を調べるために情報を検索して、その情報が本当かを調べるために検索して・・・。そうやって、あっという間に時間が過ぎていく。

そんな経験ないですか?僕はある。ありまくる。もう、うんざりしている。できることなら、こういう無駄なこれ以上時間は一秒も費やしたくない。

どうすればいいんでしょうかね?

 

ジャーナリストも科学者も、あいまい性を排除することが仕事

なにかとウソつき呼ばわりされている新聞各社の報道は、それでも総じてみれば他のメディアや個人ブログよりは正確な情報を報じていると思う。お金をかけて、たくさんの人がチェックしているからだ。

僕の記憶では、朝日新聞の人気連載「プロメテウスの罠」の特別報道部長だった依光隆明さんが、昨年の某イベントで、情報の信頼性について次のように語ったことが印象に残っている。

「ジャーナリズムとは、突き詰めていくと、ファクト(事実)を一つ一つ集めて、『~らしい』とか『~のようだ』とか『約~』いった、表現のあいまい性を排除していく行為のような気がします」

そして、あいまい性を排除するには、ものすごく労力がいる、とも言った。

いま朝日新聞は不祥事続きで逆風が吹いているけれど、この依光さんの言葉を否定する人は少ないと思う。僕も同意する。

おそらく、医療者も科学者も、同じじゃないだろうか。自然科学も、あいまい性を排除し、事実(あるいは真理)を解明する作業だと思う。それに寝食を忘れて人生を捧げている人たちがいる。

それほど、「事実」を見つけることは、あらゆる意味で高コストなのだ。

 

編集者の仕事は「事実の確認」。医療者も結構間違える

「事実」が高コストであるという問題は、ほとんどの人には無関係な話だろうか?僕は新聞、書籍、ネットを利用するすべての人に関係すると思う。もちろん、ドラッグストア勤務の薬剤師や、病院・薬局勤務の医療従事者も含まれる。

僕の編集経験でいえば、医療記事の事実確認作業は、かなりやっかいな作業だった。

僕は以前、医療者向け専門誌の編集者をしていた。編集者って何をする仕事なんですか?ってよく聞かれるんだけど、一言でいえば、おもしろそうな特集やテーマを考えて、実現するのに必要な人(著者とかデザイナー)を集める仕事だ。かっこよく言えば「企画する人」。

でも、これは華やかな一面。僕の仕事の中で、重要なのは「事実確認」という作業だった。これは、執筆してもらった原稿を読んで、その内容が事実かを確認する作業のことをいう。

なんでこれが大事かっていうと、人が書いたものって、結構、思い込みや記憶違いで間違いがあるから。僕は職業柄、いろんな著名人や記者に書いてもらったりしたけど、文章の誤りは珍しくなかった。これは、医者や薬剤師が書いたものも同じ。ほとんどはケアレスミスだけど、事実誤認も時々ある(※1)。人間だから仕方ない。そのために、第三者的な目でチェックする編集者と言う仕事がある。書き手のなかには、ミスは編集者が直してくれるだろうと期待して書く人もいる。

ただ、記者やライターたちの話を聞くと、残念ながら「事実確認」をあまり丁寧にしない編集者も結構いるようだ。彼らの気持ちはわかる。だって事実確認ってめんどくさいし、つまんないし、やたら時間かかるし。

書くことを生業としている人も同じ。専門紙記者だった僕の妻は、世間にごまんといる無名ライターにかなり悪い印象を持っている。仕事で他のライターの文章を読むたびに、

「事実確認もロクにしないで事実と違うこと書くし、文章もザツ。あれでよく”ライター”と名乗って商売できるよねー。書くって仕事、そんな甘いものじゃないのに」

なんてよく怒っている。

ネットの検索サービスはとても便利で、僕らは色々な情報を短時間で入手できる。ただ、圧倒的な情報量を持っているグーグル先生も、先生自体が情報を作っているわけじゃない。ネット上で信頼できそうな情報って、結局、大手新聞社のニュースや書籍からの引用、公的な文書だったりする。それなりに信頼できそうな情報を生み出すことって、それなりに時間やお金なのだと思う。

 

「情報の正確性」のコストは誰が負担するのか

じゃあ、信頼できそうな情報を生み出すコストは、誰が負担するのか。 これが近年、ジャーナリズムの業界で問題になっている。

昔は、新聞社が新聞記者に高い給料を払って、そのぶん新聞を売ったり広告収入を得たりして、自己完結していた。

ところが、ネット社会になって状況が変わった。 ネット上ではもうずっと、いわゆる「まとめサイト」とよばれるような、他人のコンテンツをそのままとってきて、サクッとまとめてページビューを増やして広告収入で稼ぐサイトが増えている。時間とお金を注いでつくった文章(記事)を、どこぞの第三者が勝手に利用する。

この状況に、

「クリエイター(書き手とか)に、利益が還元されていない」

と批判の声が上がっている。この搾取論はずっと言われ続いてきたのだけど、最近は、もうそんなこといってもしょうがないでしょ、まとめ記事として紹介されて注目が集まることもあるからお互い様かもね、という雰囲気になっている(ような気が僕はする)。

そもそも、”まとめ”はいまの日本で盛んだけど、似たようなビジネスは昔にもあった。

19世紀のジャーナリストで”新聞王”のジラルダンによる新聞革命がそれだ。「新聞王伝説」(鹿島茂著/1991年)によれば、当時の新聞は「演劇新聞」「文学新聞」など縦割りであり、しかも年間購読だったので、人々は回し読みをしていた。そこでジラルダンは「ヴォルール」という名の新聞をつくった。

フランス語で「泥棒」を意味するこの新聞は、その名の通り、他紙からのおもしろい記事だけをパクリまくって載せたものだった。ようするに、いまでいうまとめサイトにちかい。これが売れに売れた。ジラルダンはその後も、常識を打ち破るような新聞をつくり、現代の広告型ジャーナリズムのモデルをつくった人物とされている。

知識があらゆる人の元に、安く、簡単に届くことは、社会全体としてはいいことだと思う。まとめサイトも、否定すべきものではない。その上で、情報の正確性に労働と時間を費やした人々には、ご本人が望むのであれば一定の対価を払うには、どんなシステムが必要か。

いま、ジャーナリズムの分野で模索されていることだ。

 

とりあえず、出典元はなるべく明記するとこから始めてみます

話を医療界に戻すと、僕は商業雑誌の編集をしていたから、海外の文献のグラフを使う時は、必ずオランダに本部がある転載許可サイトCCC(copyright clearance center ※2)を経由して、転載許可料を払うようにと上司から徹底教育された。でも、「黙って使っても、わかりゃしないから大丈夫」と許可手続きをしない編集者もいた。

著作権に対する意識は、かなり個人差があった。

医療者はどうだろう。かつて外資系医療学術専門誌の幹部だった知人が、「日本の医療界は、アメリカと比べると著作権の意識がすごく希薄。海外の論文のデータを許可なく平気で使う」とこぼしていたけど、事実であれば、さっさとグローバルスタンダードに合わせたほうがいい気がする。

まあ、さすがに個人ブログなどで、転載許可を徹底するのは難しいとは思うし、あまり厳しくすべきとも思わない。事実確認もほどほどにして、もし間違ったら誰かが指摘して、その都度修正していけばいいのかも、とも思う。

でも、せめてネットで情報を発信する際は、記事の根拠はできるだけ明記してはどうだろうか。根拠のない情報をネット上から排除しようって話じゃなくて(※3)、情報の属性が「個人の意見」なのか「何かの引用」なのか「客観的事実」なのかを、はっきりさせるってこと。

常に出典を明記することは難しくても、「明記することがいいね」という風潮になってほしい。このブログも、そこはなるべく注意しているつもりでいる。

このままだと、グーグル検索はどんどん使えないツールになっていくような気がする。

 

 

 

※1 たとえば、医療系出版社のウェブサイトには「正誤表」が掲載されているので、そこで誤りがわかる。

※2 Rights Licensing Expert | Copyright Clearance Center

※3 根拠のない健康情報を発信する人を批判する人もいるけれど、僕はそういう情報があってもいいと思う。いまの科学ではわからないこともたくさんあると思うし。でも、それが、個人の感想なのか、なにか根拠があるのかははっきりしてほしいと思う。