死に至る病「わかってくれない病」の治療薬

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祝!ブログ開始4か月!コメントは常に歓迎です

ブログを始めて4か月が経ちました。あいかわらず書きたいことは山ほどあるのですけど、いかんせん時間がとれません。ブログで飯を食っているわけでもないし、そのつもりもないので、しかたないことだとは思いますが。

4か月の総PV数は6万6600です。いつも見てくださる方々、ありがとうございます。何度もいいますけど、コメントは大歓迎です。

さて、今日は4か月記念なので、あらためてこのブログのコンセプトを説明します。このブログの目的には、一義的には「自分にとってベストの市販薬を買う」ことになるのですが、現代にはびこる、ある深刻な病気に、自分なりに向き合うことも目的としています。

その病気とは、「わかってくれない病」です。英名はwakattekurenai-diseaseです。発見者は私です。きのう、顕微鏡で原因菌を見つけました。ノーベル生理学賞が期待されます。

 

死に至る「わかってくれない病」の特徴

ツイッターや個人ブログを見ていると、「わかってくれない病」にかかっている人がたくさんいることがわかります。わかってくれない病の患者には、以下の特徴があります。

・疫学的には、世間から批判される職業に従事している人たちに多く発症

・患者は共通して、「自分の仕事の価値が世間(他者)に理解されていない」という不満を抱えている

・自分の仕事を高く評価してくれない人や、批判する人に対して攻撃的になる

・自分に批判的な立場の人たちを、「現場を知らない」もしくは「偏った見方」といった言葉を使い批判する

・同じ意見を持つ同業者を探して傷を舐め合う

・自己評価と世間の評価とのギャップを、いつまでたっても埋めることができない

・結果として、最悪の場合、世間から見放され、社会的な「死」に至る

 

自分の仕事の価値が世間に認められない3つのパターン

なぜこうした病気になってしまうのか。根本には、「世間が自分の仕事の価値をわかってくれていない」という思いがあるようです。

では、なぜ自分の仕事の価値が世間に理解されないのか。原因として挙げられるのは次の3つです。

①本人の周囲が無能であるため

本人の頭があまりにもよすぎる、あるいは先進的すぎるために、周囲がこの人物の考えに追いついていない。本人にとっては、生まれた時代を誤ったとしかいいようがない不孝な状態。

②本人のプレゼン能力が低いため

本来、価値の高い仕事をしているにもかかわらず、その価値をうまく世間に伝えられない。そのため、世間から高い評価を受けられない残念な状態。

③本人が無能であるため

そもそも仕事の価値が低い。本人や、その同業者たちだけが、自分たちの仕事の価値が高いと思っている。世間が見えてない恥ずかしい状態。

 

「わかってくれない病」の恐いところは、この3つの可能性のうち、患者本人が、①か②のいずれかが原因であるとして疑わないことです。軽症者は②ですが、重症者は①の思考になります。いずれにしろ、③が原因だとはツユほども思わないのが特徴です。

 

「わかってくれる人はわかってくれる」という自己満

しかし、当然のことですが、自分の仕事の価値は、己では判断できません。常に他者によって評価されるものです。

たとえば編集者の場合、特定の大御所の書き手に気に入られる人がいます。そうすることで、「**という立派な人に認められたのだから、自分の編集者としての能力は高いんだ!」と勘違いする人がいるかもしれません。あ、ぼくは一時勘違いしてました。しかし、「偉い人に認められた」というのは、ごく一部の人の評価にすぎないわけです。それにお世辞かもしれません。デキる編集者とは、エンドユーザーに本や雑誌をたくさん売ったり、特定のコミュニティに大きなインパクトを与えたり、ウェブサイトでPVを死ぬほど稼いだりできる人のことです。こうした客観的な指標によって評価されるのが仕事というものです。誰々に気に入られたとか、褒められたとか、そんなことは編集者の能力の優劣とは直接関係のない、自己満足のお話なのです。

 

わかってくれない病はブログで治す

どうすれば「わかってくれない病」を治せるのでしょうか。

甚だあやふやな記憶で申し訳ないのですが、むかし、故・吉本隆明さんと糸井重里さんの『悪人正機』(新潮文庫)という対談本のなかで、

「仕事ができる人は、自己評価ができてる人」

みたいなニュアンスの一節があったことを記憶しています。これはそのとおりで、自己評価ができていない、つまり人は(ぼくも含めて)自己評価が他者の評価よりも高くなることがままあるわけですが、そういう人はなぜ自分の仕事が評価されないのか、根本のところが理解できていません。だから、自分の仕事の価値を理解してくれない相手が悪い、という思考からいつまでも抜け出せません。これが「わかってくれない病」の症状です。

逆をいえば、自己評価が正しくできれば、わかってくれない病から抜け出すことができます。正しく自己を評価する際にとても役に立つのが、世間一般の意見です。半数を占める人の意見です。

僕はこのブログをやっていると、いつもこの大衆の意見の洗礼を浴びている気持ちになります。

「これはいい記事だ」と自分で思っている記事を書いた時、それにコメントがなかったり、はてなスター(気に入った記事につけるスター)がつかないと、

「あー、ぼくの記事の質は悪かったんだな」

とがっかりします。がっかりしますが、これを繰り返していると、「なぜ自分の記事が世間に受け入れられないのか」がちょこっとずつわかってきます。

世間がバカで僕の記事の素晴らしさを理解していないとは考えません。

僕のSNS対策(プレゼン力)が不十分でアクセスが伸びないのだとは考えません。

記事の質が悪いから、受け入れられないのです。そう考えるようにしています。

「わかってくれない病」の治療薬は、ブログであるといっていいでしょう。

これが僕がブログを続けている理由のひとつです。これからも「ドラッグストアとジャーナリズム」を、どうぞよろしくお願いいたします。