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「悩む」よりも「考える」を優先する。小さな「イチ」を足していくドラッグストアの賢い使い方

ドラッグストア情報

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堀江貴文さんの「悩む」と「考える」

ドラッグストアには、商品棚の前で、どの薬を買おうかと悩んでいるお客さんがたくさんいる。たいへん失礼ながら、それは時間のムダじゃないのかなあと思ってしまう。

ホリエモンこと堀江貴文さんが一昨年出版した著書「ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく」に、「悩む」と「考える」の違いを説明するくだりがある。堀江さんによると、この2つはまったく別物だという。

「悩む」

物事を複雑化していく行為。ああでもない、こうでもないと悶々する。人間は悩もうと思えばいくらでも悩めてしまう。

「考える」

 物事をシンプルにしていく行為。複雑な現象を、簡潔な原理原則にまで落とし込むこと。

この区別、すごくわかりやすい。そして、ドラッグストアで薬を選ぶときにも、この考え方は役に立つ。

 

棚の前でひとりで唸ることは「悩む」こと

ドラッグストアで薬を買うときは悩んではいけない。それはほとんどの場合、時間の浪費でしかないからだ。

なんとなくだけど、人間というのは「考える」よりも「悩む」を、ついつい選んでしまう傾向があるように思う。なぜなら「悩む」ことは、「考える」ことよりもはるかにラクだからだ。「考える」ためには、物事を論理的に考える能力や、問題を解決するための知識、そして、最適解を捻り出すための集中力が必要になる。

それにくらべて「悩む」は、時間さえあれば他になにもいらない。ウンウン唸っているうちに、脳が疲れて思考がマヒして、「まー、こんだけ悩んだんだから、いいだろ」と納得してしまう。誰にでもできるし、満足感もそれなりに得られるけど、実質的な成果はあまり期待できない。

 

ドラッグストアで永遠の「ゼロ」になってはいけない

いまのドラッグストアでは、僕はお客は圧倒的に「考える」よりも「悩む」ほうに頭を使っているように感じる。薬の棚の前に立って、製品を物色している人は、ほとんどがパッケージの文句を参考にしていないだろうか。けれども残念ながら、薬のパッケージは、メーカーによる一種の宣伝であり、薬の優劣を示すものではない。だから、パッケージいくら見ても、それは「考えている」というよりは「悩んでいる」という行為に近い。

情報「ゼロ」の人が、いくら悩んでも、それは永遠に「イチ」にはならない。

 

「考える」ために、店員に相談しよう。店員も、きっと嬉しい

「考える」ためには、考えるための材料となる情報が必要だ。だからこのブログでは、必要最低限の市販薬の情報と、そして店頭の薬剤師・登録販売者に何を聞くべきかを紹介している。これらがあって初めて、お客は「イチ」の情報を、2,3と増やしていくことができ、そして、より自分が納得できる薬を選ぶことができると思う。企業の広告や、根拠のないネット情報に左右されるより、これはよっぽマシなことじゃないでしょうか。

もし、店頭で薬剤師か登録販売者に話しかるなら、きっと彼らはこころよく相談にのってくれるだろう。店員が忙しそうで声を掛けるさえ申し訳ないと感じているのなら、そんな気づかいはタブンいらない。なぜなら、相談することは、彼らの職業価値を高めるからだ。

たとえば、薬剤師という職はアメリカでは長らく「信頼できる職業1位」だった。その理由の一つは、医療費が高額なこの国で、「薬代が安くなるように頭を絞ってくれる。こんないい人たちはいない」という評価だったそうだ(※)。頼れる存在だからこそ、薬剤師の社会的地位は高かった。

また、個人的な感覚としては、ふだん薬の勉強をよくしている薬剤師・登録販売者ほど、お客から相談されると嬉しいのだと思う。学んだ知識をお客に還元したいと思うのは、あらゆる仕事人に共通する心情だからだ。

 

※これは昔、医療専門誌で読んだことなのだけど雑誌名は忘れた。たしか、海外事情に詳しい薬剤師か大学教授の執筆だったと記憶している。