かくかくしかじか、悪文医療ライターKさんのこと(上)

f:id:kuriedits:20151014224423p:plain

人気漫画家・東村アキコさんの「かくかくしかじか」で号泣

もう、マンガを買うことなんてないと思ってた。そう思っていたのに、買ってしまった。ツタヤでレンタルして全巻読んだのに!アマゾンで買い直しちゃったじゃないか!

人気漫画家・東村アキコさんの自伝コミック「かくかくしかじか」のことである。

地元・宮崎県の小さな絵画教室の先生との思い出を描いた作品で、いまや宝島社が毎年主催する「このマンガがすごい!」賞の常連になった東村さんの、漫画家としてデビューするまでの美しくもほろ苦い青春時代を知ることができる。2014、2015年と2年連続「このマンガがすごい!」にベスト10入りした。

全5巻。ぼくはほとんど全巻、泣きながら読んだ。とくに最終巻は、家人がいない時間に読んだため、遠慮なく号泣した。

かくかくしかじか 1

かくかくしかじか 1

 

 

怪しさ満点のおっさんライターとの思い出

さて、ぼくにも忘れがたい人がいるので紹介させていただきたい。医療ライターのKさん。かつて、ぼくが編集者として担当した書き手だ。5年間、一般誌で一緒に仕事をした。

いまも忘れることができない。それは、あのKさんの熱い取材魂だ・・・といいたいところだけど、そっちじゃない。忘れがたいのは、その風貌のほう。

出会ったころ、ぼくは入社したてのひよっこ編集者で、Kさんは50歳くらいのおっさんだった。その姿は、90年代のキムタクのようなロン毛、黒縁メガネに、ボサボサしたひげをたくわえ、登山に使うようなポケットのやたら多い超ダサいベスト。んー誰かに似ていると思ったら、あっ、速弾きギタリストの「アル・ディ・メオラ」だ。身長低くて、中年腹だけど。

その胡散臭さ120%の姿を初めてみた時、ぼくは不安でいっぱいになった。

エレガント・ジプシー

エレガント・ジプシー

 

 

だから、「このおっさん、大丈夫かね・・・」と思っていたぼくが、その後、Kさんからたくさんのことを学ぶようになるなんて、あのころ想像もしなかった。いまではKさんにとても感謝している。ぼくがもっと出世したら、ごちそうをしたいのだけど、それができないのが残念だ。 

 

愛されキャラのKさんだったが・・・

Kさんは、そのファッションセンスは斜め上いってたけど、性格はとても気さくな人だった。待ち合わせ場所にはいつも、「よっ」と片手を挙げて登場。競馬場の馴染みのおっさん、という風である。

2人でいろいろな病院・人を取材した。名医と呼ばれる医師、1年先まで診察予約が埋まっている医師、代替療法に取り組む薬剤師もいたっけ・・・薬学部という狭い世界のたこつぼの中で4年間を過ごしたぼくにとっては、どんな小さな取材も貴重な経験だった。

仕事のアポイント取りではKさんの顔の広さが大いに役立った。「Kさんだから」といって取材に応じる医師がいたし、学会や会合に行くと「あっ、Kさ~~ん」と駆け寄ってくる人が多かった。Kさんは愛されキャラだったのだ。

ただ、ぼくはそんなKさんを、他の人ほど愛することはできなかった。

 

致命的な弱点「文章がヘタ」

Kさんにはライターとして大きな欠点があった。

文章がヘタだった。その原稿は、いつもよくライター業をやってこれたなと感心するほどの悪文だった。

編集者の仕事は、書き手から原稿をもらい、それを読者の視点で読むことだ。読みやすいか、話に矛盾はないか、足りない情報はないか。Kさんの原稿は、読みにくくて、情報が足りなくて、そのうえ時々文脈に矛盾があった。

メールで送られてくる原稿を、ぼくは毎回ガンガン直した。文章を削り、組み直し、情報が不足している場合は加筆を求めた(※)。要するに、超、手のかかるライターだったのだ。

いつだったか、Kさんの原稿の冒頭を、ぼくがほとんど書き換えたことがあった。その原稿は当初、ヒドイ出来で、ぼくは「こんな原稿送ってくるなんてコノヤロー」と怒り狂いながら、時間に追われて編集作業に入った。

雑誌に掲載するレベルに引き上げるには、たくさん修正が必要だった。いつもたくさん直すから、Kさんは気にしないだろう。Kさんが原稿の締め切りを守らなかったせいで、印刷所に送る時間も差し迫っている。そう思って、ぼくが大幅に書き直すことにした。冒頭から中盤のつながりをよくした。さすがにちょっと直しすぎたかな?と思ったけど、疲労で頭がマヒして、よく考える余裕はなかった。

修正した原稿をKさんに確認のため送ると「任せる」とだけ返事がきた。ふぅ、と一息。ぼくが文章をうまくまとめたことに、Kさんも感謝してくれたんだろうと思った。

 

「オレの文章じゃない」と怒られる

ところが。掲載号が書店に並んだあと、Kさんに電話をすると、こう言われた。

「**くんが書き直したことで、たしかに読みやすくなった。でも、あれはオレの文章じゃない。キミの文章だ。全部読んだらきっとオレは怒ってしまうと思ったから、今回キミが修正した文章をオレは読まなかった」

はあー!?逆ギレですか?じゃあ最初からまともな文章書いてくださいよ!ぼくは心の中で思った。でも、Kさんの言いたかったことは、たぶん、編集者はその著者の作風を残したままで手を入れろってことだったと思う。この経験は、その後の編集業にとても活きた。

 

「先生と呼ぶな」と怒られる

Kさんは妙なところにこだわる人だった。連載を担当して間もない頃、ぼくはKさんを「先生」付けで呼んでいた。編集部内では作家や著者に「先生」を付けるのが常だった。だからKさんにも、なんとなく「K先生」と話しかけていた。すると、Kさん、こんなことを言った。

「**くん、オレに『先生』を付けるのはやめてくれ。そんな偉い人間じゃないし、**くんも心の中で『先生』なんて思ってないだろう?なのに『先生』をつけることは、ちゃんと向き合って会話をしていない証拠だ」

なんか重い話だな。大抵の人は笑って「先生なんていわなくていいから」でおしまいなのに。なかなか、そんなふうに言う人っていない。

でも、いつも温厚な語りのKさんの、めずらしいくらいに厳しい口調だった。そして言われたぼくといえば図星だった。

 

「描く」とは何か、「夢を追う」とは何か

誰にでも人生の忘れがたい人がいる。仕事に行き詰った時、迷った時、その場にいなくても、自分を後押ししてくれる人がいる。

ここで振出しに戻って、冒頭で紹介した東村アキコさんの「かくかくしかじか」のさわりに触れたい。

「かくかくしかじか」は、自らの高校生時代から漫画家デビュー後を描いた自伝漫画だ。学生のころから漫画家志望だった東村さんは、ある日友人の紹介で地元宮崎県の小さな絵画教室を訪れる。そこで見たものは、竹刀片手に指導する、鬼軍曹のような絵画教師だった。

私語厳禁、口答え無用、容赦ない指導に泣き出す生徒もいるなかで、誰もがひたすらに静物画を描く異様な光景。常識外れの熱血指導を連発する先生に右往左往する東村さんの様子が終始おもしろい。と、同時に、絵を描くとは何か、夢を追うとは何か、という普遍的なドラマも情緒たっぷりに描かれている。

これをぼくは号泣しながら読んだ。

そして、読み終わって、ふと、ブログにKさんのことを書こうと思った。

Kさんの話は、ブログのテーマである「ドラッグストア」とは関係ないが、もう一つのテーマである「ジャーナリズム」には通底する。というわけで、この話、もう1回続けさせてもらいたい。

 

 ※Kさんの名誉のためにいっておくと、正確には、Kさんは”早く”上手い文章を書くことができなかった。職業ライターは大量の原稿を書かくなくてはいけないので、ひとつの原稿にあまり多くの時間をかけられない。Kさんは短い時間で上手い文章が書けるタイプではなかった。