”市販薬の広告”の栄枯盛衰を感じる奈良県宇陀市「薬の館」

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江戸時代にも明治時代にもあった市販薬の広告をめぐる問題。われわれ消費者は何を知っているだろう?

市販薬の広告のルールって知ってる?

市販薬の販売業に携わっていると、一般消費者も広告の仕組みを知った方がいいのではないか?と思うことがある。

薬の広告の”お作法”は「医薬品等適正広告基準」というお上(行政)が決めたルールで運用されている。メーカーに任せていたのでは、やりたい放題の広告で消費者が不利益を被るから。

行政による医薬品広告の規制は、今日に始まったものではない。その歴史を知ることができる資料館が奈良県にある。

薬の町、奈良県宇陀市

奈良県は薬産業が有名である。あるいは、有名”だった”。毎日新聞の今年の記事によれば、こうである。

奈良は製薬会社の創業者を多く輩出している。薬種業・近江屋(現武田薬品工業)を創業した近江屋長兵衛が河合町出身であるほか、信天堂山田安民薬房(現ロート製薬)の山田安民▽中将湯本舗津村順天堂(現ツムラ)の津村重舎▽命の母本舗笹岡省三薬房(現笹岡薬品)の笹岡省三の3人が宇陀市出身だ。

武田、ロート、ツムラはいずれも市販薬業界を代表する企業。そのいずれの創業者が奈良県宇陀市出身だという。

歴史をさかのぼると『日本書紀』にすでにこの地で薬草を摘んだという「薬猟(くすりがり)」の記述が残っているそうだ。史料で確認できる国内最初の薬猟の記録である(※)。

yamatoji.nara-kankou.or.jp

「富山の薬売りとの違いは・・・」

奈良県宇陀市は県中部に位置する。観光名所の一つになっているのが、市販薬の古い資料をそろえた歴史文化館「薬の館」だ。建物自体が藤沢薬品(現アステラス製薬)の創業者の血縁の家を利用した資料館である。入館料は大人300円。受付の男性が入り口で案内役を務めている。曰く、この土地はかつて薬商人の町として大いに栄えた。

「富山の薬売りってありますよね?私が小さい頃は富山の行商が来ました。風船とか、おまけをくれてね。ここは行商ではないんです。店を構えて、ここで発展したんです。そこが富山との違いですね」

後日ぼくが読んだ別の資料によれば、大宇陀にも置き薬の歴史がなかったわけではないようだが、古老の幼少時代には姿を消していたのだろう。

江戸時代の宇陀には、53の薬問屋が軒を連ねていたという。

「秘方」のしきたりを破った徳川家康

薬の館には、昔の薬の看板が案内文と共にあちらこちらに飾られている。珍しいのは「売薬の発達」と題された薬の広告に関する記述だ。世間ではあまり知られていない、江戸時代の市販薬の販売の変遷を読むことができる。それによると―――

  • もともと薬の処方は平安時代以来、「秘方」「家伝」といった門外不出のものだった
  • しかし、徳川家康はこの古い「秘方」のしきたりを破り、公開するのに意欲的だった
  • やがて農間稼ぎ(農業の合間の職業)の商業の普及拡大によって、一般に売り出されるようになった
  • 販売の形も、幕府・武家が扱う薬だけでなく、寺院、医家、生薬屋、行商人が扱う薬などいろいろ分かれた
  • 薬の名も「竜王」「神仙」といった霊験ありそうな文字が使われたりした
  • 薬を売る店の看板に16弁の菊紋をつけることが多い。この紋は御所の紋だが、親王家などに頼んでひそかに金を出し、表向きは宮家御用達であると見せかけて売るための手法の一つだった

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薬の看板も規制対象になっていた

さらに、薬の看板の歴史に関する記述もあり、それによれば、江戸時代は売薬が盛んで、同時に看板のデザインの規制も設けられたという。

  • 天保11(1840)年、売薬の看板に横文字の使用を禁止
  • 天保12(1842)年、看板に金箔を使用することを禁止
  • 明治3(1870)年、売薬取締規則交付。勅許、御免、神仏無想、家伝秘方などの文字の使用が禁止。その後、「商標登録」などの文字が登場するようになった

天保時代の禁止の理由は不明だが、こうした解説文を読んでいると150年以上昔も今とそう変わらぬ広告手法が使われていたことがわかる。そして、薬を形容する「秘方」といった神秘性を廃止し、現代でいうところの誇大広告にあたらない規制が作られていったことも知ることができる。

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薬のネーミングというのは大事で、最近の市販薬はダジャレが流行しているが、一部の市販薬には仰々しい名前の商品が多々残っている。たとえば、以前このブログで紹介した「金匱腎気丸」という名の市販薬は中国の古典に記載された処方名から引用しているそうだが、その成分は今日病院で処方される「八味地黄丸」と同じである。正直、八味地黄丸と書いてもらった方がわかりやすい。

drugstore.hatenablog.com

今年、市販薬の広告基準が見直された

現代の市販薬の広告はどうなっているのか。実は最近、市販薬の広告基準を巡って大きな動きがあった。厚労省が市販薬の広告の制限を見直したのだ。見直しの理由は、ルールが古くて現代にそぐわないから。厚労省の資料にはこう表現されている。

課題:現行の「医薬品等適正広告基準(厚生省薬務局長通知)」は昭和55年に制定されたものであり、国民ニー ズ、広告実態等の変化に伴い現在にはそぐわない部分が存在。

対応:厚生労働省は当事者であることから、第三者である学識研究者・消費者・医療関係者等に公平な立場 で見直し検討を行ってもらうべく研究班を設置。

専門家と業界関係者たちが検討した結果、いくつかのルール変更が決まった。たとえば商品の『新発売』をうたえる期間を半年から1年に延長するといった条件緩和が認められた一方で、多数購入・多額購入による過度な値引き広告は禁止とする規制が設けられた(※3)。

新しい広告基準は9月からスタートしている。今後はいままでとは一風変わった市販薬の広告が登場してくるかもしれない。詳細は厚労省のウェブサイトを見てほしい。

www.mhlw.go.jp

発売1年以内なら「新発売!」でOK?

薬は行政による規制強化と規制緩和に揺さぶられながら発展した産業である。他の産業でも同じだろうが、一般的には薬は規制が厳しいとされている。人の命、健康にかかわるからだ。しかし、その広告ルールは、あまり知られていない。「市販薬は発売1年以内なら『新商品』と言ってOK!」なんて誰が想像するだろうか?

薬の広告をめぐる問題は、今に始まった事ではない。江戸時代にもあった。明治にもあった。ずっとあった。「薬の館」に行けばそれがわかる。

 

 参考情報

※1宇陀松山「薬の館」「漢方ルーツ」繁栄語る /奈良 会員限定有料記事 毎日新聞2016年6月15日 https://mainichi.jp/articles/20160615/ddl/k29/040/555000c

※2うだ記紀・万葉/推古天皇の薬猟

※3http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11120000-Iyakushokuhinkyoku/0000179263.pdf