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人種差別に対して医療専門家が取り組むべき5つの提言(NEJM 2016)

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黒人男性の拘束死をきっかけに、アメリカで人種差別を巡って暴動が起きています。そこで、医療分野の視点で人種差別について考えるべきことがあるのではないかとpubmedで調べてみたところ、シェアしておきたい記事がありましたので紹介します。 

2016年の医学雑誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」に掲載された「構造的人種差別を解体し、黒人の生活を支援し、健康の公平性を実現する:私たちの役割(Dismantling Structural Racism, Supporting Black Lives and Achieving Health Equity: Our Role)」という論文です。これは2016年にミネソタ州で警官が黒人男性を射殺するという事件が起きた時に掲載された論文です。自動車の後部ライトが壊れていたために警察に呼び止められた32歳の黒人男性が、免許証を取り出そうとした瞬間に警察に銃で打たれて死亡するという痛ましい事件でした。車内には男性のガールフレンドと、4歳の娘が同乗していました。

NEJMの論文によると、「人種差別」という言葉は、医学文献ではほとんど使われておらず、人種差別という言葉が含まれていたNEJMの論文は過去11年間でわずか14本だったそうです。では、医療の専門家にとって人種差別は無視して良い問題かといえば、そんなことは全くないわけです。そこでこの論文は、医療専門家に向けて次の5つの推奨項目を紹介しています(あくまでわたしなりの要約なので、詳しくは論文を確認ください)。

①人種差別のルーツを学び、理解し、受け入れる

構造的人種差別は、黒人の経済的・政治的搾取を正当化する教義から生まれた。アメリカにおける黒人の健康格差は、歴史的背景の延長線上にあると考えなければならない。現代の健康格差の歴史的なルーツを理解することは、医療専門家にとって集団的責任かつ個人的責任である。 

②人種差別がどのように格差の物語を形作ってきたかを理解する

研究者や臨床医は、人種間の違いは生物学的なものであるとするレトリックを長い間用いてきた。例えば、かつての医師たちは、奴隷の健康状態が悪いのは、生物学的に劣っているからだとしていた 。2016年の調査では、白人の医学生と研修医の50%が、黒人と白人の生物学的な違いについて誤った信念を持っていた(例:黒人の皮膚は厚い、黒人の血液はより早く凝固する) 。

③人種差別を定義し、名付ける

人種差別の問題を研究し、議論するには、一貫した定義と正確な言葉が必要である。ある定義によれば、人種差別とは「表現型(人種)に基づいて、機会を構造化し、価値を割り当てるシステムのこと。一方の個人やコミュニティに不当に不利益を与え、別の個人やコミュニティに不当に利益を与える。人的資源を浪費することで、社会全体の潜在能力を最大限に発揮することを害するもの」である。

④人種だけでなく、人種差別も認識する

人種は病気の診断において考慮されるが、それは生物学以前の、本質的な原因から目をそらすことになるかもしれない。糖尿病のような慢性疾患の治療を成功させるには、構造的要因と健康の社会的要因に注意を払う必要がある。にもかかわらず、糖尿病のコントロールを改善するために、人種差別(それによる健康格差)の解消が推奨されることはほとんどない。

⑤末端の中心(辺境に焦点を当てる)

多数派の視点から、疎外された集団へ視点をシフトしなくてはいけない。2016年の黒人男性射殺事件では、州知事が「これは普通のことではない」と発言したことは、黒人が経験する”普通”との深いギャップをあらわにした(黒人にとっては”普通のことではない”ではない)。

 

いかがでしたでしょうか。 

まあなんでこんなネタを?と思うかもしれませんが、実は結構身近な問題なのです。外国籍の住民が多い商圏で働いたことのある人ならわかると思いますが、外国籍のお客さんからスタッフが「人種差別だ!」と言われて駆けつけたことが何度かあります。ここで詳しく語ることは避けますが、接客業の人間が気をつけることの一つは、お客から「人種差別だ」と言われないことです(逆差別の問題は今回は置いておきましょう)。自分は人種差別をしているつもりはなくても、そのように言われることが現実問題としてあるのです。差別意識を敏感に感じ取ったのかもしれませんし、あるいはその人が過去に差別で辛い思いをした経験があるからかもしれません。そのお客さんにとって「人種差別」が身近であることは確かなのです。そしてそれはそのまま、私たち自身の問題でもあります。

アメリカの人種差別に関する別の論文(LANCET 2017 28402827 )では、アメリカの医学部ではダイバシティについてしっかりと教育する機会が少ないことが指摘されています。しかし翻って、日本はどうなのでしょう。少なくとも薬学部では多分、一切ないかと・・・。

上記5つの提言を、日本に合わせてしっかり学ぶだけでも相当骨が折れそうです。だからこそ、学生時代からそうした教育が必要だと思います。普段の生活していても、コンビニや牛丼屋をはじめ、外国籍と思われるスタッフはどこにでも見かけます。今後、日本も多国籍国家に近づいていくのでしょう。人種差別の問題は、義務教育でやってほしいなと思います(マネジメントする立場としてはとても助かる・・・)。