『家庭の薬学』

自分に合った市販薬を選びませんか?

米国セルフメディケーション残酷物語

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自由の国の大統領発言

効くかどうかわからない、というかむしろ効かないんじゃないかと言われている薬を、「自分はコロナ予防のために飲んでる」と大統領が公言するなんて、いやどんだけ自由の国だよ自由にもほどがあるだろ、とか思うわけですが、そんな中で昨日は医学雑誌NEJMにコロナ発症の予防効果はなさそうだという最新の残念な報告があったり、いよいよ混沌としているアメリカです。今後の研究で、ひょっとしたらその成分もコロナに一定の効果が認められる可能性もあるとはいえ、今のタイミングで国のトップが言っちゃうというのが、そこにしびれますけど憧れません。

タミフルが市販薬になる日

いま、仮に次のようなニュースが流れたとします。

「インフルエンザの治療薬が薬局・ドラッグストアで購入できるようになりました。今までは病院を受診して処方されなければ入手できなかった薬です。これからは薬局・ドラッグストアの薬剤師に相談をした上で購入できます」

値段は受診した場合にかかる費用とそれほど変わらないとします。これを聞いて、どう思われるでしょうか。

便利である反面、怖い気もします。インフルエンザの薬が簡単に入手できるのは助かりますが、それは本当にインフルエンザだった場合です。別の病気の可能性もあります。

日本では考えられないことですが、アメリカではインフルエンザの治療薬「タミフル」が市販薬になるというニュースが昨年から流れています(Pharmacy Times)。今でさえインフルエンザの予防接種が町の薬局・ドラッグストアで受けられるアメリカのことですから、将来的にタミフルが市販薬として売られていても不思議ではないかもしれません。

当然ながら「規制緩和=先進的」ではない

こうした報道を見ると、アメリカの市販薬は先進的だと思わない訳でもないですが、羨ましいかといえば、個人的にはそうでもないというのが正直なところです。だって、医療従事者ではない自分の親や兄弟、家族が、自由自在に薬を手に入れられるようになったら?それはちょっと怖くないですか。

アメリカは効果の高い薬を入手しやすい一方で、サービスの受け手である消費者の責任も重くなります。自己流が好きな人のセルフメディケーションは、自分の命を危険に晒すかもしれません。そこで、アメリカのセルフメディケーションの現場でかつて起きたこと、そして今起きていることをいくつか拾って見たいと思います。この国、蛇口の栓はゆるいけど、コップの水が溢れているのかもしれません。 

米国セルフメディケーション残酷物語

①鎮痛薬の自己流治療で死者

近年最も深刻な社会問題の一つにオピオイドと呼ばれる強力な痛み止めの乱用があります。不適切、違法、自己流の使用によって毎日全米で100人以上が亡くなっており、依存対策が急務です。オピオイドは病院で処方してもらう薬です。適切に使えば非常に良い薬ですが、ネットなどの不正規ルートで一般消費者が購入することで、中毒死が数多く発生しています。アディクションセンターによると、オピオイドの過剰摂取による死亡者数は、他のすべての薬物を合わせた数を上回っています。2015年に薬物の過剰摂取で死亡した5万2404人のうち2万人以上が処方された鎮痛剤によるもので、1万3000人近くがヘロインによるものでした。依存の多くのケースは、処方されたあとの痛みに対応しようとして、自己流の治療に手を出すとされています。近年の調査研究によると、オピオイドによる年間の死者は2015年に3万3100人だったのが2025年には8万1700人になるとの試算もあります(JAMA,30707224)。アメリカの薬局では急性中毒の解毒薬を医師の処方なしで迅速に患者に与えることができる動きが広がっています。

かつて米国では医師が安易にオピオイドを処方していた経緯があり、これが患者の乱用につながっていると考えられています。その意味では消費者ばかりに責任があるわけではありません。日本ではオピオイドでは使われますが、米国と比べるとかなり厳格な(適切な)使い方をされているので依存が問題にはなっていません。むしろ、米国でこのような依存が問題になったことで、日本でも「鎮痛薬怖い」という誤ったイメージが植え付けられ、本来必要な患者への投与が抑制される懸念が専門家から指摘されています(日本緩和医療学会ニューズレター、2019年5月)

②新型コロナ対策、クロロキン成分の自己流使用で死者

病院で処方される抗マラリア薬のヒドロキシクロロキンが新型コロナに効果があるという情報が流れ、それを自己流で実践した方がなくなりました。ヒドロキシクロロキンは当初から新型コロナへの使用は安全面から時期尚早であるとの声が上がっていましたが、一方で大統領が推奨するような発言をしていました。

3月、アリゾナ州の二人の夫婦はテレビでクロロキンが新型コロナに有効かもしれないという報道を見ました。夫は「おい、今テレビでやっているのは、アレのことじゃないか?」。そう言って自宅にあったクロロキンの入った魚用の寄生虫薬を服用。二人ともすぐに嘔吐などをもよおしました。夫はその後亡くなりました(NBCNnews)。

クロロキンが新型コロナに有効であるという科学的な裏付けがないまま、トランプ大統領は5月18日に、自分が新型コロナ予防のためにクロロキンを予防薬として飲んでいると発言しました(BBC)が、6月3日には医学誌NEJMがクロロキンは発症の予防にはならないことを示唆する論文を掲載しました。一方、5月22日に有効でないばかりかむしろ死亡リスクを増大させるという研究結果を掲載したランセットの論文は、そのデータが架空のものではないかという信じがたい疑惑が上がっています(6月4日現在)。WHOは25日、安全性の懸念から一時的にクロロキンの臨床試験を中断すると発表しましたが、6月3日には臨床試験を再開すると発表しました。

③意図しないアセトアミノフェン中毒

痛み止めのアセトアミノフェンを過量摂取すると肝臓に障害を与えることは以前から知られていました。アセトアミノフェンによる肝障害は少なくとも1990年代には無視できないほどの問題となり、2010年代に様々な規制が行われました。

2005年の研究報告では、急性の肝障害患者のうち42%がアセトアミノフェンが原因だとされました(16317692)。アセトアミノフェンによる肝障害は、他のどんな原因よりも深刻です。2010年代の論文では毎年3万人が入院し、アセトアミノフェンによる急性肝不全の29%が肝移植を受けていると報告されています(27350943)。

22の医療センターで行われた調査では、アセトアミノフェンで肝障害を起こした患者は高い確率で意図しない過剰服用が原因でした(FDA)。アセトアミノフェンを含む痛み止めを複数種類使用し、知らず知らずの間に過量服用に至るなどです。米国FDAは2011年に医療用のアセトアミノフェンの成分量に新たな規制を設け、医療用と市販用のいずれの薬の説明書きもよく読むように患者教育することを医療従事者に求めるアナウンスを出しました(FDA)。市販のアセトアミノフェンの誤用は2007年(8753件)から2016年(6278件)にかけて減少しています(30306812)。

もっとも、痛み止めによる内臓障害はアセトアミノフェンに限ったことではありません。2015年には米国消化器学会が行った「Gut Check: Know Your Medicine Survey」というインターネット調査よると、消化器内科の医師は平均で年間90件の市販薬の過剰摂取をみており、市販の痛み止めの副作用に悩む患者を毎週2人ほど診察しているという結果でした。消化器学会は一般消費者に対して、もっと薬を知ろうと訴える啓発活動を行いました

④風邪薬で脳卒中?その後、販売中止に

薬で健康を害するという矛盾は今に始まったことではありません。今はもう市場から姿を消したフェニルプロパノールアミン(PPA)という市販薬の成分も、その一つです。かつて市販の風邪薬などに当たり前のように使われていたこの成分は、その後脳卒中による副作用が懸念され、2000年代に使用が禁止されました(FDA)。

 PPAは鼻づまりを解消する風邪薬の成分として、またダイエットの補助薬として使われてきました。PPAはエフェドリンなどと化学構造が似ている交感神経を刺激する薬です。血管を収縮させることで血流の抵抗を高め血圧が上がります。健康な人には影響はないものの、もともと血圧の高い患者では悪影響を与える可能性が指摘されていました。1980年のランセット誌には、血圧の上昇を認める研究報告とともに、処方箋なしで(つまり市販薬として)入手できることは適切ではないかもしれないとする指摘が掲載されました(LANCET)。その後もPPAの使用に警鐘を鳴らす論文は報告され続けました。決定打となったのは2000年に発表された43の病院施設を対象とした研究です。ダイエット目的のPPAの摂取は脳卒中リスクを高めることが示されたことで(風邪薬としてのリスクは示されなかった)、PPAの使用禁止が決定しました(11117973FDA)。

驚くべきは、PPAの安全性の検証に20年がかかったという事実です。ハーバード大学教授を務めたジェリー・エイボンは著書『パワフル・メディシン』(邦訳2012年)において、先述の2000年の対規模な検証は、市販薬業界の協力を得るための準備期間に5年の歳月を要したこと、1982年までにFDAはPPAを服用している患者への血圧上昇と脳卒中のリスクの可能性を公式に表明していたことなどに触れています。

PPAを含む風邪薬は「ダン・リッチ」などの名前で1990年代まで日本でも使用されていましたが、アメリカの禁止策の追随し、厚労省は2000年に自主的な販売中止をメーカーに要請しました。その後、2003年に日本国内の副作用調査調査の結果が発表され、製造自粛要請により事実上の禁止となりました(PMDA)。

⑤著名人も手を出す不適切な使用そして依存

多くの場合で市販薬は安全なものとみなされています。それは死人が出にくいという意味では正しいですが、生活の質を損なうという意味ではおそらく誤りでしょう。市販薬の誤った使用についてはいくつもの研究があります。もっとも有名なのはコデインと呼ばれる性質の咳止め成分による依存や、大量摂取による自殺です。人気歌手のジャスティン・ビーバーさんは2013年に逮捕されたとき、輸入した咳止めシロップの依存症になっていると報じられましたが(Hollywood)、最近のドキュメンタリー番組で現実逃避のために手を出したと話しています(USAtoday)。

リスクがあるのは頭痛薬や咳止めだけではありません。便秘薬の乱用(232371497773258)や、市販のニコチンガムの依存などもあります(14982691)。いずれも人口全体からするとその発生率はそう多くない(と言えるかどうかは受け取り手次第ですが)といえるかもしれませんが、それは確かに存在する問題です。

セルフメディケーションに成功した市販薬たち

怖いことばかりが起きているアメリカにも、特定の分野のセルフケアではうまく成功を収めています。その代表例は抗アレルギー薬です。

今年になってアメリカで「オロパタジン」という成分の目薬が市販薬になりました。オロパタジンは成分名ですが、日本では「アレロック」「パタノール」と言えばわかるかたも多いでしょう。2016年の日本の医師向けのオンライン調査では、アレルギーに使う点眼薬としてはもっとも高いシェアを占めたのがこのオロパタジンです。それがアメリカでは市販薬として販売できるようになりました。

過去10年間で、病院用の薬が市販薬に変更された(スイッチと言います)薬は、アメリカといえども、実はそう多くありません。スイッチされた薬が圧倒的に多いのは、花粉症などに使うアレルギー薬の分野です。スイッチされた11成分のうち7成分がアレルギー薬です。

2011年 アレルギー薬 アレグラ<フェキソフェナジン>(飲み薬) 

2013年 過活動膀胱薬(女性用) オキシトロール<オキシブチニン>(貼り薬)

2013年 アレルギー薬 ナサコート<トリアムシノロンアセトニド>(点鼻スプレー)

2014年 胸焼け ネキシウム<エソメプラゾール>(飲み薬)

2014年 アレルギー薬 フロナーゼ<フルチカゾンプロピオン酸>(点鼻スプレー)

2015年 アレルギー薬 ライノコート<ブデソニド>(点鼻スプレー)

2016年 アレルギー薬 フロナーゼセンシミスト<フルチカゾンフロエート>

2016年 ニキビ薬 ディファレン<アダパレン>(塗り薬)

2017年 アレルギー薬 ザイザル<レボセチリジン>(タブレットと液体)

2020年 痛み止め ボルタレンゲル<ジクロフェナク>(塗り薬)

2020年 アレルギー薬 パタデイ<オロパタジン0.1%、0.2%>(目薬)

( Prescription to Over-the-Counter (OTC) Switch List | FDAより作成) 

日本でも起きつつある成功

2017年のニールセンの調査によると、米国では季節性アレルギーに市販薬で対処する消費者が増加しています。患者(消費者)の60%が市販薬のみでの治療が好ましいと回答し、2009年と比べて20%増となりました(CHPA)。私が知る限りでは、今のところこれらのアレルギー薬は大きな社会問題を起こしていません。

アレルギー薬の規制緩和は、日本でも進んでいます。近年は花粉症薬のアレグラが第1類医薬品から第2類医薬品になり、薬剤師が不在の時間でも消費者は購入できるようになりました。また、昨年は病院でも処方される「フルナーゼ」が市販薬として発売しました。肌感覚では、花粉症を市販薬で対処しようとする人は年々増えています。おまけに、今までの鼻炎薬は「第一世代抗ヒスタミン薬」と呼ばれる副作用が比較的出やすい古典的な薬が多かったので、むしろ安全性は向上したともいえます。セルフメディケーションがうまくいっている成功例でしょう。

セルフメディケーションは、しばしば利用者側のリテラシーとセットで機能します。とはいえ、リスクの高い薬が出回ると、個人のリテラシーでは避けきれないリスクが出てきます。アメリカの事例はそれを物語っているように思います。