『家庭の薬学』

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「その虫除け薬の使い方では、己の血を守ることなどできやしない」の補足情報

noteで書いた「その虫除け薬の使い方では、己の血を守ることなどできやしない」の補足情報。資格者向けなので、専門用語は特に説明しません。また、わたしは蚊の専門家ではないので、あくまで個人の感想であることをご了承ください。

 

まず、蚊には2つの胃袋があるというネタ本の紹介です。たいへん読みやすく、なんと今ならキンドルアンリミテッドで無料で読めてしまう。すごい! 

 

蚊の吸血行動について。これはpubmedで「deet」で検索するとたくさん出てくる。今回メインで取り上げたのは、ロックフェラー大学のこちらの論文。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6504582/

この研究室は蚊を専門としており、とても面白い。サイトには蚊の写真や動画が満載。寝苦しい夏の蚊除けくらいのイメージしかない日本とは違い、海外ではデング熱やジカ熱を避けるためという大きな意義がある。多くの人の命を救うロマンがありそう。あと企業から研究資金も集めやすそう。研究室のサイトはこちら。

https://www.rockefeller.edu/research/2355-vosshall-laboratory/

今回noteに書いていて心配だったのは「匂い」の解釈だ。ふつうわたしたちは匂いというと、香水のように漂ってくる匂いをイメージするが、ディートを語る時の匂いの効果の発現様式は多様だ。

匂いの効果について報告した「Insect repellents mediate species-specific olfactory behaviours in mosquitoes」という論文では、匂いの作用を次の3つの仮説に分けている。

・smell and avoid<蚊が嫌がる匂いで撃退>

・scrambling<蚊の持つ匂いを感知する受容体をかき乱す>

・masking<蚊を引き寄せる匂い物質に働きかけ、その匂いが蚊に届きにくくする>

ロックフェラー大学の過去の論文に胃を唱えるような文章もあり、こちらは2008年と少々古いが、蚊は匂いを嫌がっているとしている。総合すると、蚊を撃退するディートの作用はまだ明らかではないということなのだろう。

論文の紹介:蚊は忌避剤DEETの臭いを避けている (情報:農業と環境 No.103 2008.11)

 

フマキラーの佐々木智基室長の文章は月刊誌「薬局」の2018年7月号(Vol.は8)に掲載。本号は「衛生害虫対策」という特集で、グロ画像満載のユニークな号になっているのでオススメ。

佐々木氏の発言で一番興味深かったのは「開始時期のごく初期を除くと、忌避効果が得られるのは蚊が接触したときである。そのため、有効成分が塗られていない部分があると刺されてしまう」という発言だ。

ディートについて調べていたところ、ディートが揮発することでできる保護層は数センチほどという記述があり、佐々木氏の発言を裏付けているようにも感じる(This protective air layer extends only for a few centimetres, therefore the repellent has to be applied all-over the exposed skin)。

Use of repellents by travellers: A randomised, quantitative analysis of applied dosage and an evaluation of knowledge, Attitudes and Practices (KAP)

 

さらにおもしろいのが、こちらの匂いの効果を検討した論文だ。

Insect repellents mediate species-specific olfactory behaviours in mosquitoes

特に印象的だったのは、蚊の種類によって作用が異なるという点だ。ディスカッション部分の「例えば、DEETのような昆虫忌避剤は、アノフェレス蚊では接触忌避剤としてのみ機能し、イデス蚊やキュウレクス蚊では空間忌避剤としても接触忌避剤としても機能し、また、宿主臭と相互作用して蚊の嗅覚ニューロンを活性化する能力を低下させる化学物質としても機能している」は興味深い。言われてみればその通りで、蚊の種類が違えば、事情もいろいろ変わってくるだろう。この論文でも言及されていることだが、そこからへんの議論は割と業界内でも雑なのかもしれない。雑といえば、複数の論文でイカリジンとディートの作用は似たようなものだとしているが、そもそもディートの作用機序がよくわかっていないのに、両者が同じようなものだというのは奇妙な話である気もする。今回は深入りしません。 

 

最後になるが、忌避剤の適正使用については下記の論文を貼っておく。

Use of repellents by travellers: A randomised, quantitative analysis of applied dosage and an evaluation of knowledge, Attitudes and Practices (KAP)

これは旅行者を対象に忌避剤の使用実態を調べたら、十分な量を使っているのは2.5%しかいなかったという報告である。数字だけ見ると衝撃的という他ないが、中身をよく読むと、そもそも”十分量”の定義がどこまでコンセンサスが取れているのかよくわからないので、やや扱いが難しいと感じた。ただ、そのほかにもおもしろい情報が多々ある。もし機会があればもう一本書きたい。

補足情報は以上となります。お詳しい方がいたら教えていただけると勉強になります。