無駄を削ぐと、生活が自由になる
年の瀬が押し詰まってきた。
1年を振り返って思い出すのが、11月はじめに東京で開かれた「日米の最新“食事情”に見るライフスタイル格差」というイベントに参加したことだ。司会はメディアアクティビストの津田大介さん、ゲストはニューヨーク在住のライター・ジャーナリストの佐久間裕美子さんと、ライター・編集者の速水健朗さん。御二方の著書は以下のとおり。
まったく余談になるけど、初めてみた速水さんは超イケメンだった。
さて、このイベントは、日本とアメリカの食のトレンドに関する著書を持つ二人のゲストが、取材を通じて感じた、食と思想の変化を語るというものだった。
結構おもしろかったのだけど、特に、アメリカのリベラルなライフスタイル(健康志向、チェーン店より個人店が好き、など)をレポートした佐久間さんの、次の発言がとても胸に刺さった(以下、「津田大介の『メディアの現場』」Vol.148より引用)。
じつは私もこの本を書いて以来よく質問されるんです。「結局は富裕層の白人だけがやっているんじゃないか」って。たしかにそういう側面もあるのは事実なんですけど、私が『ヒップな生活革命』で紹介した食生活の変化を最初に気づかせてくれたのは、けっこう貧しい人たちで。フードスタンプをもらって生活しているような親しい貧乏ミュージシャンやアーティストたちが、ある時期から自分たちで食べものをつくっているのに気づいたんですね。つまり、生活から無駄をそぎ落とせば生きるために必要なお金は家賃と食費だけに集約されると。それなら自分で食材をつくれば、お金に縛られた生活から解放されるんじゃないかと言うんです。
無駄をそぎ落とすと、生活が自由になるという発想が面白い。
佐久間さんは、イベントの中で、自動車産業の凋落に引きずられる形で2013年に財政破たんしたデトロイト市の現状も語った。なんと最近、同市の経済はとても活気づいているという。そんなたくましいデトロイト市に住む人々の背景を、
「食料を自分でなんとかできれば、(大企業とかに雇用を振り回されることから)解放されるという意識が、デトロイトでは結構昔からあった」
と、佐久間さんは言った。
なるほど賢い。
医療の知識は身をたすく
他人に頼らず自分で何かできるということは、それだけ他者の束縛から抜けられる。これは、たぶん誰もが直感的にわかる。それがすごく難しいことも。
でも、自分の貴重な人生の時間を他人のためではなくて、自分の好きなことや正しいと思えることに使えたら、その人生は今よりも楽しくなると思う。少なくとも僕の知っているフリーの書き手や独立系ミュージシャン、会社経営者は、人間的に魅力的な人が多いし、その生き様を年収の多寡に関係なく、”人としてかっこいいな”と思う。
医療にも同じことがいえる。知識がない人ほど、医療者や医療機関の都合に振り回される。僕は薬学部を卒業して、一定の医療知識があったからこそ得したことが何度もある。僕の知識は僕自身だけではなく、僕の家族にも利益を与えてきた。大袈裟に聞こえるだろうか?でもこれは本当のことだ。医療の知識がない人は、医療の知識があることがどれだけ自分を優位にたたせるかをしらない。チョコレートを食べたことがない人が、チョコレートのおいしさを知らないのと同じだ。
気になる男性の情報弱者ぶり
もう一人のゲスト、「フード左翼とフード右翼」を書いた速水さんの話も面白かった。一番共感したのが、速水さんの、
「家庭内分断」
という言葉。女性はマクロビなど左寄りに、男性はジャンクフードなど右寄りになり、食の嗜好を巡って喧嘩する家庭があるらしい。
我が家も全くこれだ。僕が近所のスーパーで買った安いポテチを食べる一方で、奥さんはカルディや成城石井にある輸入物のオーガニックのナッツを食べる。僕が買うスーパーの弁当に含まれる添加物は、彼女に言わせれば「毒」らしい(失礼な上に余計なお世話だ)。僕はオーガニックにぜんぜん興味がなく、詳しくもない。
一般的に女性は男性よりも、食の安全や健康に対する関心が強い。内閣府の調査(※1)によれば、食への安全性、健康づくりのための食生活など、さまざまな面において女性は男性よりも意識が高い。
こういう女性を苦手と感じる男性は多いと思う。心配しすぎたよ、と僕も感じることが結構ある。ただ、男性ももうちょっとは、勉強したほうがいいかもしれないなと思うことも、実はある。
ドラッグストアに来るお客を見てると、男女間で大きな知識の差があるのだ。たとえば、抗炎症作用のあるステロイド薬。ステロイドは体の免疫機能を抑えることで、アレルギー反応や皮膚の炎症などを素早く治す、どの店にもあるありふれた薬だ。女性客の多くは、ステロイドに一定の知識を持っている。中には効果の強さを示すランク(※2)を把握しているツワモノもいる。
ところが男性客は、ステロイドの名前すら知らない人がいる。「え?ステロイド?ちょっと奥さんに聞いてみるわ」みたいな。名前は知っていても、「えーっと、たしか免疫を高めるやつですよね」と、全く逆の理解をしている人もいる。
けっして馬鹿にするわけじゃないけれど(僕も薬剤師でなかったら答えられなかったろう)はっきり言ってこれは、医療者から見ると、かなり心配になる知識レベルだ。
フード左翼は社会のカナリア
仮に2種類の人間がいるとする。
・自ら色々な情報を集めてて『あれは危ないですよ!』と言う人
・自分で調べたこともなく知識もないけど、『たぶん安全だから大丈夫』と言う人
ふつう、話を聞いてみたいと思うのは、前者だろう。僕はフード左翼は、社会のカナリアだと思う。危険をいち早く察知し、に警鐘を鳴らしてくれる。間違えることもあるけれど、耳を傾ける価値はある。
それくらいの心構えでフード左翼とお付き合いしてみたら、案外新しい発見があって楽しいかもしれない。なんてことを、僕は速水さんの話を聞きながら思った。
バリバリのフード右翼だったうちの奥さんは、最近は僕が食べるカルビーのポテチを横からつまむようになった。僕も、なんとなく気が向いた時は健康に良さそうなオーガニックの食品を選ぶようになった。
速水さんは、もとはジャンクフード好きのフード右翼だったそうだが、取材を通じてちょっと左翼側に寄ったそうだ。
※1 平成26年3月内閣府「食育に関する意識調査報告書」
http://www8.cao.go.jp/syokuiku/more/research/h26/pdf/houkoku_2.pdf
※2 ステロイドはその強弱に応じて5つのレベルに区分されている。市販薬でもっとも強いのは、レベル3の「ストロングランク」。現時点ではこれより上のランクは、すべて医師の処方が必要な薬だ。ランクについては右記参照。アトピー性皮膚炎 Q7 - 皮膚科Q&A(公益社団法人日本皮膚科学会)