『家庭の薬学』

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早めのアレグラは効果的?「花粉症症状が出る前から薬を飲むといい」は気のせいかもね

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花粉症の薬を予防で飲むのは意味ないかもね

いつも僕がツイートを盗み見しながら勉強させてもらっている薬剤師の「ふじこ」さんと「るるーちゅ」さん。先日ツイッター上で、花粉症薬の予防投与が話題に上った。花粉症薬は色々あるのだけど、一番メジャーなのはアレグラやアレジオンなどのような「抗ヒスタミン薬」と呼ばれる薬だ。この抗ヒスタミン薬を、花粉シーズンの前から予防目的で飲む必要はあまりなさそうだね、という話になった(以下、ご本人たちの許可取得の上転載。この記事では抗ヒスタミン薬は第二世代を指す)。

どういうことか、わかりやすく説明したい。抗ヒスタミン薬を予防で飲むと花粉シーズンの症状が軽減されるという話は、かなり昔から言われてきた。ネット上でも早めの服用を勧める情報がたくさん出ている。だけど、いまでは「実は予防の意味はないかもよ?」と風向きが変わってきているみたいだ。医療従事者が参考にするガイドライン(「鼻アレルギー診療ガイドライン2013年度版」)では、抗ヒスタミン薬は、症状が出てからか、花粉飛散予測日になってからでいいよ、という見解になっている(※1)。

 

昔は「早く!」、今は「症状が出てから」

僕は小学生のころから花粉症だ。いつだったか母親に「症状が出る前から飲んでおくといいらしいわよ!」と言われた記憶がある。たぶん母親はテレビか、友達に聞いたのだろう。

そもそも、いつから「予防に飲むといい説」は広まってきたのだろう?先日、大学の図書館で「ガイドラインにそった抗アレルギー薬の用い方」(中外医学社/聖マリアンナ医科大学教授中川武正編著/2000年発行)という古い本を開いたら、次の記述があった。

スギ花粉の飛散の前から化学伝達物質遊離抑制薬や受容体拮抗薬の第2世代抗ヒスタミン薬を服用し、そのシーズンの症状を軽くしようとする治療が広く行われている。この療法は抗アレルギー薬の予防的投与または季節前投与とよばれていたが、最近では初期療法と呼ばれることが多い

へー15年も前から、予防投与は広く行われていたみたい。ついでにガイドラインの書きぶりが変わっていく様子を調べていたら(※2)、ちょうど紹介しているブログが見つかった。 コチラ →かわだ小児科アレルギークリニックのブログ

わかりやすくいうと、抗ヒスタミン薬については、20年前は「花粉が飛ぶ1~2週間前がいいですよ!」と書いていたけど、今では「花粉予測日か、症状が出てから」になったということみたい。そうなのね・・・。

 

予防効果をちゃんと調べてみたら・・・

ヒスタミン薬の予防効果については、先述のガイドラインの編集委員の一人である岡本美孝さんという耳鼻科のお医者さん(千葉大教授)が、2014年9月の専門雑誌「アレルギー」(※3)に、検証の経緯をわかりやすく書いている。

岡本さんが説明するところでは、いままで花粉が飛び散る前からか、もしくは直後から薬を飲むと、シーズンを通して症状が軽減されるとして推奨されてきた。でも、じつは、その有効性に関する科学的な検討は、あまり十分じゃなかった。

花粉症の薬の予防効果を調べるのはとても難しい。年によって飛散量が違うし、プラセボ効果も高い(心理的に効いている気持ちになること)。そこで、プラセボ効果を排除する工夫をして(専門用語でいうと「ランダム化二重盲検」という手法を使いました)、さらに花粉飛散室を設けて一定の花粉飛散量のもとで予防効果を検証する実験が行われた。

その結果、どうだったか・・・。予防に飲むのと、花粉が舞ってからすぐ飲むのとでは、効果の優位性に違いは見られないという実験結果になった(※4)。なんとまあ。

岡本さんは、

ヒスタミン薬は花粉症の初期療法の早期治療薬として極めて意義があるものの、予防投与については早期投与に比較してより強い効果は見られず、副作用や費用を考慮すると推奨できる結果ではなかった

と書いている。そして、抗ヒスタミン薬も含めた花粉症の予防については、

今後、さらに質の高い検討が行われることで初期療法の考え方も変わり、ガイドラインの記述も変遷していくと考えられる

とまとめている。予防で飲むことが全く意味がないと結論付けられたわけではないのだけど、費用や副作用とのバランスを考えると慎重な感じ。僕もドラッグストアで「予防に飲むといいの?」と聞かれることがあるけれど、「自分の周りで花粉が飛び始めましたとニュースが始まってからか、もしくは症状が出てからでいいですよ」ということにしている(※5)。

先の2人の薬剤師さんにも「お客さんから『アレグラを花粉症の症状が出る前に飲んだ方が軽くなる?』と聞かれたら、何と答えますか?」と聞いたら、以下の返事をいただいた(お付き合いくださりありがとうございます)。

なるほど、なるほど。ちなみに、アレギサールみたいな「抗アレルギー薬」は、効果を発揮するのに1~2週間かかるので早めに飲まないとダメ。

 

カッコいい響き! 「インバース・アゴニスト」という理屈

ただ、薬の専門家たちが頭の中だけで考える限りでは、「予防に飲むといい説」はけっこう説得力があったと思う。予防効果を科学的に説明する際に、今でも使われているのが「インバース・アゴニスト」という専門用語だ。

ざっくり言うと、昔から抗ヒスタミン薬は、細胞の鍵穴に先回りして塞ぐことでヒスタミンをブロックする(昔そういうCMもありましたね)と考えられていたわけだけど、近年の研究によって、実は鍵穴自体を不活化(機能を低下)させる働きもあるということがわかってきた。この作用をインバース・アゴニスト(インバースとは「逆の」、アゴニストとは「作動体」の意味)という。

インバース・アゴニスト!!・・・横文字のカッコいい響きだから、医療界ではけっこうウケたと思う。製薬メーカーにとっても、早めに飲んでくれればそれだけ薬が売れる。自社サイトでインバース・アゴニストを、動画付きで詳しく説明している会社もある(※6)。たぶん、全国の医師・薬剤師が、メーカーの営業担当者からインバース・アゴニストの説明を受けただろう。インバース・アゴニストの考え方自体は、いまも否定されていない。ただ、これはあくまで理屈の上の話であって、実際の効果を保証するものではない。医薬品の世界では、こういう「理論上」と「実際の効果」が一致しないことが珍しくない。人間の体って複雑だからね。

薬剤師のKittenさんの2年前のブログには、「予防に飲むといい説」について、こんなクダリがあった(これもご本人の許可取得の上転載)。

メーカーのサイトはもう、「これが常識」と言わんばかりに書いている。
実際、常識は常識なんだけど・・・。 健康食品ほどではないけれども、医薬品の世界でも 常識が入れ替わることは、結構あったりする。

これ、とても大事な指摘だと思った。医療の常識は常に変わる。そう考えると、抗ヒスタミンの予防効果も、何年か経ったらまた「やっぱり予防は効果的だった!」とか言われる可能性はなきにしもあらずだ。

 

ネットに転がっている医療情報は古い

いずれにしろ、今回、花粉症の予防について考えていて、僕は次の2つを感じた。

・ネットに転がっている情報は古い可能性がある

・薬を吟味をするには専門家に聞いた方がいい

薬の常識は常に変わる。自分の知識やネットに転がっている記事は、古い情報の可能性がある。こうやって僕が書いている情報も、もう古いかもしれない(古かったらご指摘ください)。それから、薬の知識のない人は基本的には何でも現場の薬剤師に質問した方がいいと思う。何を聞いても曖昧な答えしかしないダメ薬剤師もいるけれど(うちの近所の薬局とか)、最新の情報を収集しようと努めている人たちもいる。

初期療法している人、効果が実感できているなら否定はしないですけど、ひょっとしたら、それは”気のせい”かもしれませんよ。

 

補足

るるーちゅさんのブログでは、初期療法意味なしのネタは、2年前にすでに書いている→http://pharmacymanga.blog.fc2.com/blog-entry-201.html

kittenさんのブログはコチラ→花粉症の初期療法?: 薬剤師kittenの雑記帳

インバース・アゴニストについては、下記の記事がわかりやすいので、ご興味ある方(薬学生さんとか)はどうぞ。

http://www.kyorin-pharm.co.jp/prodinfo/useful/doctorsalon/upload_docs/140458-1-26.pdf

https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/125/5/125_5_245/_pdf

 

 

※1 http://allergyteam.net/wp/wp-content/uploads/2014/02/b0cd4e98bc3d2e48a0b8a23254a433b9.pdf

※2 読んでみたかったけど入手できなかった論文「初期療法の考え方の変遷」http://ci.nii.ac.jp/naid/40019920538

※3 ネット上では読めないけどCiNii 論文 -  ガイドラインのワンポイント解説 鼻アレルギー診療ガイドライン2013年版(改訂第7版) : 改訂のポイント : 花粉症に対する初期療法の考え方

※4 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/m/pubmed/23816814/。初期療法が意味ないとする試験結果は他にもあるようだhttp://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/201301/528744.html

※5 花粉飛散開始日の定義は、1月以降に1平方センチ内に花粉が1個以降集積されることが2日以上続いた最初の日を指す(平成24年の飛散開始日 東京都の花粉情報 東京都福祉保健局)。よって、厳密には飛散開始日前から花粉が飛散しているとも考えられるが、わずか1平方センチなので、ほぼ無視してよいのではないかというのが個人的な考えだ。

※6 花粉症の初期療法に求められる第2世代抗ヒスタミン薬-Inverse Agonist作用から初期療法を考える-|大日本住友製薬