『家庭の薬学』

自分に合った市販薬を選びませんか?

偽造医薬品と中国人観光客とドラッグストア

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中国人のお客が教えてくれた偽造薬

ドラッグストアで働いていて、中国のお客と話すのは楽しい。いつだったか、20歳くらいの中国人女性が店頭で質問してきたことがある。

「この薬ありますか?」

そういって、携帯電話におさめた写真をみせてきた。「アクネ」なんたらと日本語で書かれている容器。ニキビの薬だ。ははあ、中国で流行っている日本の薬なんだろな。

もう一度写真を見せてもらう。日本のメーカーの薬のようだが、製品名に見覚えがない。中国向けのオリジナルかな。メーカーが中国市場で販売するために日本とは異なったデザインにすることがある。

ところが、よくよく写真を見ていると、あれ?なんか記載されている日本語がヘン。てにをは、の使い方が明らかに違っている。これ、偽物じゃない?薬効成分、大丈夫?

女性客はカタコトの日本語で言った。

「中国の友達、これ良いって」

いやいやいや!

 

WHOも把握しきれない偽造薬問題

日本にいると、こういうインチキ薬を見かけることは滅多にないが、世界的にはとても大きな問題になっている。

ウソの表記がある薬は、英語でカウンターフィット・メディスン(counterfeit medicines)という。世界保健機関(WHO)の定義では、意図的にあるいは不正に、虚偽の記載があるものを指す。偽造薬は世界中で増えており、WHOでさえその規模の把握は困難だとしている。

 

偽造薬拡大の前に、なすすべなし!

日本の医薬品流通関係者(業界団体)に話を聞くと、みなさん声を揃えて、

「日本の医薬品の流通システムは世界トップレベルなので、偽造薬などの不正が起きにくい」

という。流通システムが優れているから偽造薬が少ないのかどうか、ほんとのところはぼくは知らないけれど、日本では偽造薬はほとんど問題にならないことは確かだ。せいぜい、ネット販売や怪しげな民間薬で被害があったとか。病院で処方される薬なら、まず偽造薬だなどと疑わない。

ただ、世界ではそうじゃない。

たとえば、先月のニューズウィークにあった記事。そのタイトルは、

「The Fake Drug Industry Is Exploding, and We Can’t Do Anything About It」

(偽造薬産業は拡大し続け、なすすべなし)

http://www.newsweek.com/2015/09/25/fake-drug-industry-exploding-and-we-cant-do-anything-about-it-373088.html

 

20%の有効成分しかなかった抗マラリア薬

記事がレポートするマラリアにかかったミャンマー人男性の話は、とても許しがたい。男性は発熱、嘔吐、寒気、頭痛で地元の病院を受診したところ、マラリアの診断が下り、抗マラリア薬(artesunate)を処方された。これで治るはずだった。ところが、男性の病状はみるみる悪化。血液内のマラリアは増加し続け、腎機能低下、昏睡。医師はあわてて、より高濃度の薬を注射したが、時すでに遅し。男性は23年の短い生涯を閉じた。

なぜ男性は死亡したのか。病院が調査をすると、驚くべきことがわかった。患者に投与した抗マラリヤ薬には、20%しか寄生虫を殺す成分が入っていなかったのだ。

ひどい話じゃないですか。

記事では他にもこんな事例を紹介している。

  • パキスタンのとある病院では、低品質の抗結核薬のために100人の患者が死亡(2012年)
  • インドの田舎のとある病院では、効き目のない抗生剤のために5年以上にわたり8000人の患者が死亡

痛ましい話じゃないですか。

 

銭形警部「インターポール」の撲滅計画

貧困国の問題じゃないの?などと思うなかれ。かのアメリカでも、イギリスでも、偽造薬の事件は起きている(※1)。製薬会社ファイザーの2010年の調査では、欧州の偽造医薬品市場は年間1兆2600億円だった(※2)。

ニューズウィークの記事では、医薬品の製造過程が複雑かつグローバルになっていて、製造過程で不正が起きる機会を多く与えている点を指摘している。中国で作られた化学物質(薬の成分)が、インドで製造され、メキシコで包装され、カナダの薬局に届く、という例えをあげている。

たしかに国際的な問題といえそうだ。

銭形警部のいるインターポール(国際刑事警察機構)は、2008年から違法な医薬品ネット販売の背後にある犯罪組織の撲滅計画「オペレーション・パンゲア」を展開している(名前がかっこいい!)。2015年の「オペレーション・パンゲアⅧ」では、世界115か国、236人の捜査員を動員した(※3)。

また、2年前の2013年には、3年間で450万ユーロ(現時点の邦貨換算で約6億円)を費やす医薬品犯罪プログラムを発表。このプログラムには、大手製薬メーカー29社が協力している(※4)。というのも、偽造薬の氾濫は、製薬メーカーにとっては、正規品の利益・売上を損なう看過できない問題だからだ。製薬メーカーの偽造薬対策については、武田薬品工業の正札研一さんが書いた論文がよくまとまっているので、ご興味あるかたはどうぞ↓

https://www.jstage.jst.go.jp/article/yakushi/134/2/134_13-00230-2/_pdf

 

薬剤師が中国人観光客にできるたった一つのこと

話が大きくなったので、日本に戻す。ドラッグストアで働く人なら、中国人のお客からニセモノを見せられたことがある人は、そこそこいるだろう。

多くの中国人観光客は、店頭で薬を選ぶようなことはあまりせず、特定の薬を”指名買い”する。また、仮に健康相談をされたとしても、言葉が十分に通用しないので、適切に対応することは難しい。

だから、中国人観光客のために、ぼくらドラッグストアの店員ができることは、かなり少ないのだけど、そのなかでできることは、偽物の薬の写真を提示された時にそれインチキ薬じゃ!!と伝えることだ。これは大いに社会的意義がある。

というわけで、ドラッグストアのみなさん、インチキ薬を見せられたら、こういってあげてはどうでしょうか。

「这药是假的!」(この薬は偽物です!)

発音はZhè yào shì jiǎ deで、カタカナにするとヂェー ヤオ シー チャー ナーかな?音はこちらで確認してください。

https://translate.google.co.jp/?hl=ja#zh-CN/zh-CN/%E8%BF%99%E8%8D%AF%E6%98%AF%E5%81%87%E7%9A%84

 

 

※1 WHO | Medicines: spurious/falsely-labelled/ falsified/counterfeit (SFFC) medicines

※2 欧州の違法医薬品市場は105億ユーロ(1兆2600億円)隠された偽造医薬品の規模が調査で明らかに 違法業者からの医薬品購入と健康リスク

※3 Operation Pangea / Operations / Pharmaceutical crime / Crime areas / Internet / Home - INTERPOL

※4 PR031 / 2013 / News / News and media / Internet / Home - INTERPOL