失敗談を書きます
ブログを始めて11か月です。読んでくださっているみなさん、ありがとうございます。今日はぼくのドラッグストアでの失敗談を書きます。ぼくに「ステロイドって肌が黒くなるんでしょ?」と言ったお客の話です。
ステロイドで肌が黒くなる
あるとき、40代くらいの女性客がぼくのドラッグストアに来ました。声をかけると、腕に湿疹ができたので塗り薬がほしいといいます。いくつかの薬を紹介することにしました。女性は頷きながら聞いていました。一通り説明を終えると、女性は薬を一つ指して、こう言いました。
「この薬はステロイドが入っているのね。ステロイドって皮膚が黒くなるって言うから、なるべく使いたくないわ」
ステロイドに対する誤解、解くなら今でしょ!?
この瞬間、ぼくの魂に火が付きました。ステロイドで皮膚は黒くなりません。お客の話は、医療現場でよく聞かれる典型的な誤った情報です。
女性客の言葉を聞いて、以前仕事で付き合いのあった皮膚科医が(医療者向け書籍を何冊か出されている人でした)、
「ステロイドに対する誤った情報を持っている患者さんがたくさんいて、治療がうまく進まないことがある」
とよくこぼしてたことを思い出しました。
ステロイドは治療効果の高い薬です。もし将来、この女性が皮膚科を受診してステロイドが処方されたとして、「ステロイドは怖い」と思って自己判断で薬をやめてしまうことがあるかもしれません。これで不利益を被るのは患者自身です。
いつステロイドの誤解を解くの?今でしょう!(古い?)。そんな感情が湧いてきました。
予想外の女性の反応にガックシ
鼻息をフンフン荒くしながら、ぼくはこう言いました。
「皮膚が黒くなるのはステロイドのせいではなくて、皮膚に炎症が起きたからなんです。塗り薬として短期間使うだけなら、副作用はほぼ心配しなくていいですよ」
たぶん、10人の薬剤師がいたら、だいたい9人はこんな感じで答えるんじゃないでしょうか。伝え方・言い回しに違いはあれど、たぶん教科書通りの内容です。「えっそうなの、知らなかったわ」。そんな好意的な反応が返ってくると思いました。
でも、女性の口から出た言葉は、たった一言の、そっけないものでした。
「そう?」
あれ?それだけ?女性客の表情は曇っていました。ぼくも、なんて返したらいいのかわからず、ちょっとヘンな間が流れました。
結局、そのお客はステロイドが入っていない塗り薬を買っていきました。ぼくは、女性客に「ステロイドは黒くならない」ということをうまく伝えることができませんでした。
まあ、そういうこともあるでしょう?いや、ぼくはその後またすぐ、同じことを繰り返すことになりました。
どうして女性客の表情は曇っていたのか
それは自宅で奥さんと話しているときのことでした。たまたまステロイドの話題が上りました。奥さんは医療従事者ではありません。ステロイドが嫌いです。ステロイドは体に悪いと思っています。その彼女がこう言いました。
「ステロイドを使い続けると肌が黒くなるっていう話があるじゃない?」
でたでた!もー勘弁してくれ!それ誤解だから!ぼくは、あの女性客に言ったように、
「それはステロイドのせいじゃなくてね・・・」
と再び口にしました。そしたら、彼女はこう言いました。
「それって、”本当”なの?」
え?”本当”かって?・・・いや本当でしょう・・・有名な話だし、専門書にそう書いてるし・・・本当だよ・・・。
内心、ドキッとしました。もちろん未熟なぼくでも、皮膚が炎症によって黒くなること、ステロイドは長期間使い続けると皮膚が薄くなるのでむしろ白くなることくらいは知ってます。だから理屈で考えても、たぶん皮膚が黒くなるのはステロイドのせいじゃない・・・。
でも、それって”本当”なんですかね?ぼくが知らないだけで、ステロイドと皮膚の炎症がなにか限られた条件で反応が起きて、肌が黒くなりやすくなるってことはないんでしょうかね。
ひょっとすると、あの女性客も、ぼくの説明を聞き、心の中で「それって”本当”なの?」と思っていたのかもしれません。
ぼくの失敗の本質は、自分が”本当”かどうかわからないことを、さも本当かのように伝えていたことです。
書籍を開いてみた
ステロイドは”本当” に皮膚を黒くしないのか?
あらためて皮膚科関連の書籍を開くことにしました。
ステロイドの治療で有名なのは、東京逓信病院の大谷道輝さんという薬剤師と、金沢大学教授の竹原和彦さんという医師です。薬剤師なら一度はこの二人の書籍に目を通しているといっても過言ではないほど有名な人たちです。このお二人の書籍を含めて、大学の図書館で幾つか本を読みました。
一部の書籍には「皮膚が黒くなるのはステロイドではなく皮膚の炎症のため」と書かれていました。そうそう、ぼくも過去にそう読みましたよ。
でも、その本には、「ステロイドが皮膚を黒くしない理由」は書いてありませんでした。説明するまでもないほど常識なのか、ぼくが読み落としているだけなのか、他にも複数の書籍を当たりましたが、結局、詳しい説明を見つけることはできませんでした。
グーグル先生に聞いてみた
グーグル先生にも聞いてみました。大学病院や民間の皮膚科クリニック、製薬会社、患者団体のウェブサイトなどには、”皮膚が黒くなるのは炎症が収まった後の自然な反応であり、日焼けのようにいずれ消えるもの”だと書かれています。ぼくにとっての新しい情報はありませんでした。
ただ、その中で実際に実験で検証したという徳島大学医学部の医師の文章は、かなり説得力があるなあと思いました。コチラ↓
http://www.teikoku.co.jp/japanese/contents/medical/dermatology/derma_07_steroid.html
体験談を読んでみた
ステロイドで黒くなることはないけれど、そういう風に見えてびっくりすることは割とよくある、じぶんもびっくりした、と書かれています。
「ステロイドと患者の知~アトピー性皮膚炎のエスノグラフィー~」という本も買ってみました。著者の牛山美穂さんという方が、日英の近代医療、民間医療、患者団体の関係者を丹念にインタビューして、中立的な立場でステロイド治療について論じています。残念ながら、皮膚が黒くなることについては書かれていませんでしたが、ステロイド標準治療(ガイドライン)に対する見方がちょっと変わりました。
ステロイドと「患者の知」?アトピー性皮膚炎のエスノグラフィー
- 作者: 牛山美穂
- 出版社/メーカー: 新曜社
- 発売日: 2015/05/01
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本当かどうかわからないこと、さも本当かのように話す
改めて、やっぱりステロイドで皮膚は黒くならないと思います。先ほど紹介した徳島大学の医師の説明は、ぼくには説得力がありました。「そんなアヤフヤなことを言うから、皮膚が黒くなるという誤解が消えないんだっ」と皮膚科医から怒られそうですが。
いずれにしろ、もしお客から「ステロイドで皮膚が黒くなるんでしょ?」と言われても、ちょっとはマシな答えができるようになりました。
自分が本当かどうかわからないことを、さも本当かのように話すことは、ついついやってしまいがちですが、お客や患者は結構見透かしているんじゃないでしょうか。みんな口には出さないだけで。
お客としては、ドラッグストアで受けた説明に疑問に思った時は、どうぞ遠慮せずに、
「それって本当なんでしょうか?」
と丁寧に聞いてみたらいかがでしょうか(喧嘩腰はやめてくださいね)。