高野山で見つけた胃腸薬
10月に旅行した高野山で見つけた「大師陀羅尼錠」という胃薬が、文化的におもしろいうえに旅のお供として役だったので紹介したい。
えーっと、まず高野山ってどこ?ってとこからね。ぼくは最近まで高野山って京都にあるって思ってましたよ。テヘペロ。
町のいたるところで見かける「大師陀羅尼錠」とは?
高野山は和歌山県の山奥にあります。弘法大師(空海)が開いた真言宗を信仰する土地です。世界遺産です。町中には多くの寺があり宿泊体験ができます。”日本の文化に触れられる”ことが好評で、近年は海外の方々に大変人気の観光地です。実際に町中を歩いてると、日本人より外国人観光客のほうが多くて驚いたのなんのって。
この町のいたるところで販売されているのが、「大師陀羅尼錠(だいしだらにじょう)」という黄色い小箱の胃腸薬。地元高野町の大師陀羅尼製薬という会社が作ってる。今回の旅行中にたまたま購入したけど、また高野山に行くことがあれば是非買いたい。アマゾンで検索しても販売されていないだけになおさらね。
オウバクから作られる伝承薬
奈良県を旅行した人ならわかると思うけど、県内では「陀羅尼助(だらにすけ)」という胃腸薬をよくみかける。陀羅尼助とは、かつて奈良の修行僧たちが使ったと言い伝えられる伝承薬だ。その成分は、キハダと呼ばれる植物の樹皮を乾燥させた「オウバク(黄柏)」という名前の生薬で、強い苦味と共に胃腸の動きをよくする働きがある。
植物由来の成分で胃腸の調子を整える
きょうび、陀羅尼助は様々な製薬会社から売られている(※1)。どの陀羅尼助もオウバクを使っているのは共通しているが、オウバク以外の使っている生薬が異なる。
たとえば「大師陀羅尼錠」の特長は、オウバクの他にリュウタンとアオキを使っていることだ。リュウタンはリンドウの根茎から作られる生薬で、オウバク同様、胃腸の働きを整える効果がある。炎症を抑える働きもある。
アオキも胃腸の働きを良くする。ただ、ここでは光沢化剤として使われている。これは、アオキが日本の法律上、薬の成分として使用することが認められていないためだろう。アオキを使っていることが、大師陀羅尼錠と他の陀羅尼助の大きな違いだと思われる。
飲む量によって効果がちがう!?
「大師陀羅尼錠」の製造販売をしている大師陀羅尼製薬では「大師陀羅尼助」という商品も作っている。陀羅尼錠も陀羅尼助も使っている生薬成分は一緒だが、効果と飲み方が異なる。
陀羅尼錠の効果は「下痢・食あたり」などで、陀羅尼助の効果は「食欲不振・胸焼け」などだ。大人が飲む陀羅尼錠の1回量に含まれる生薬成分は陀羅尼助の3倍ある(※2)。
長野県の「御嶽百草丸」との共通点
これはどういうことかというと、オウバク・リュウタン・アオキの量が少ないと食欲不振に使い、量が多いと下痢・食あたりに効く。つまり、成分の量によって効果が変わってくる。
薬理学的にいえば、オウバクの化学成分である「ベルベリン」には腸の動きを抑える働きと、腸内の腐敗発酵を抑える働きがあることが分かっている(※3)。量が少なければ苦味健胃(苦くて胃が動くようになる)として効き、量が多ければ腸の動きを抑えて下痢止めとしての働きが強くなると想像する。
これは、長野県の修験者が使ったとされるオウバク由来の伝承薬「百草丸」と同じ理屈である。百草丸もまたオウバクの量が少ない薬(「御嶽百草丸」)の効能は「食べ過ぎ・飲み過ぎ」だが、オウバクの量が多い薬(「御嶽百草」)の効能は「下痢」となっている(※4)。
大師陀羅尼錠は、含まれる成分の量で効能が変わる。
「そういう薬なんですよ。薬に関わる法律上の記載の問題ですね」
と解説してみせたのは、高野山の町の中心に店を構える薬局の男性だ。
「お腹を壊している時は陀羅尼錠を5錠飲んで、食欲不振の時は2錠にとどめておいてください」
と教えてくれた。
他の陀羅尼助との違いは使いやすさ
肝心の効果についてだが、高野山の寺に2泊しているうちは暴飲暴食気味だったので大変お世話になった。他社の陀羅尼助は一粒が小さく、ツルツルして転がっていきやすく、そのうえ1回で何錠も飲まなくてはいけないことが多いけど、大師陀羅尼錠は表面がざらざらで転がる心配はない。錠もさほど小さくなく、扱いやすく飲みやすい。12回(60錠)入り、税抜600円。
大病・持病がなければ高野山のお土産としてお勧め
大師陀羅尼錠は医薬品だし、生薬だから安全というわけではまったくないのだけど、ふだん大病・持病を持たない人であれば高野山の土産物としてお勧めしたい。「伝統」とか「継承」といった言葉のイメージに思わずワクワクしてしまう人ならなおさらだろう。
”陀羅尼”とは、古代インドの言語・サンスクリット語の「ダーラニー」から来ているらしい(※5)。仏教はインド伝来の宗教だから、「般若心経」をはじめ仏教語にはサンスクリット語に由来するものが多い。そんなことを考えながら、寺の精進料理で一杯になったお腹をさすりつつ陀羅尼錠を飲んでみてはどうだろうか。
薬学的にはベルベリン主体の古典的な成分。現代の胃薬の比べて特別優れた薬効はなさそう。おまけに苦い・・・。でも、いいじゃない?この薬に別の価値を見出すことはできる。
薬剤師で文筆家だった鈴木昶の著書『日本の伝承薬』に、大師陀羅尼製薬を取材した時の様子が書かれている。そこに同社の工場長の言葉がある。
「大手の製薬会社が糖衣錠にして陀羅尼助の大衆薬化をもちかけてきたこともありますが、断りました。採算を考えるようになったら信仰薬の価値はありません。陀羅尼助の苦さを甘くするようなことがあっては宗祖相伝にも反するわけですから」
仏壇が置かれ、法灯が捧げられる中でまるで何かの儀式のように、黙々と手作業の薬づくりが行われていたそうだ。
参考情報
※1フジイの陀羅尼助(和漢胃腸薬フジイ陀羅尼助丸|藤井利三郎薬房)や、銭谷小角堂の陀羅尼助(和漢胃腸薬 陀羅尼助丸の販売 【銭谷小角堂】)などがある
※2http://www.koyasan.co.jp/info02.html
※3キョウベリンIF(https://mink.nipponkayaku.co.jp/product/di/in_file/sedi_kyot_in.pdf