『家庭の薬学』

自分に合った市販薬を選びませんか?

無人レジの大規模導入に薬剤師から悲観論が上がる理由

さて、一部の大手ドラッグストアで全店に無人レジが導入されることを、日経新聞が3月8日付で伝えています。全店ですって!すごい。ちょっとした革命です。

国内大手ドラッグストアが2025年までにすべての店舗で無人レジを導入する。医薬品や化粧品などにICタグを貼り付け、カゴに入れたままでも一括で読み取れるようにする。買い物がこれまで以上に手軽になることに加え、すでに導入を決めたコンビニエンスストアに続き、人手不足を背景に効率化への動きが業界全体に広がる。3月中に経済産業省と日本チェーンドラッグストア協会が研究会を設け導入への課題を詰める。ウエルシアホールディングスやツルハホールディングスなど協会加盟の企業が参加する。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO27866990Y8A300C1MM8000/

ドラッグストアでレジで並ぶことって結構ありますよね?あれ、レジする方も大変なんです。長蛇の列ができると心が折れそうになります。ミスも起きます。店員もお客も気が短くなりますから、トラブルの原因になるんです。

無人レジ、セルフレジができれば利用者は買い物を時短できます。ドラッグストアはレジ周りの人件費を減らせます。いいことづくしですよね?

でも、でもですね、実は医薬品を扱う薬剤師からは手放しでウェルカムできない不安の声もあるんです。たとえば、ブロゴスやハフィントンポストで医療政策の問題点を発信する薬剤師の高橋秀和さんがこんなツイートをしています。

問題の背景を説明しましょう。

そもそも薬というのは専門性が高い上に、体の健康に直結するデリケートな商品です。よくわからずに飲んで副作用が出たらたまりませんよね?だから、消費者側の利便性や嗜好に任せるのではなく、専門家が介入しその管理の元で使用されるべき商品とされています。そのため、経済活動の効率を多少犠牲にしてでも、薬剤師や登録販売者といった薬に詳しい資格者が販売する資格型制度になっています。

資格者による利用者への情報提供は法律で明記されていることなので(多くは努力義務ではありますが)、資格者がレジ会計をする際は、彼らが状況に応じて薬の説明や副作用情報を購入者に提供しています。実際これが行われているかどうかは別として、建前上ドラッグストア各社はコンプライアンスとして守っています。これが今の日本の現状です。

そこに入ってきたのが今回の日経新聞の報道です。「対面販売が必要な医薬品などは引き続きレジで店員が対応する」と記事に書いてあるものの、法的には対面販売が必要な医薬品と言うのはごく一部(第一類医薬品、要指導医薬品)です。医薬品にもICタグをつけると報道されており、医薬品販売に無人レジを導入する可能性は大いにあります。その場合、大多数の薬は完全なセルフ購入となります。つまり、専門家が購入者に薬の説明や安全性の情報を提供する機会が減るということです。薬には専門家が必要って話はどこへ・・・。

無人レジ導入は本当に良いことなのでしょうか?売場に導入されるとどうなるのか。日経新聞の記事には薬剤師にとってのメリットが書かれています。

人手不足を背景に、ドラッグストア各店舗では在庫の管理や会計を担当するパートや従業員らが足りず、薬剤師が調剤や相談などの業務以外に時間をとられている状況がある。一方で高齢化などに伴う需要拡大で、全国の店舗数は今の1.9万店から25年には3万店にまで膨らむ見通しだ。ICタグの導入を通じて効率性を高め、薬剤師の負担を減らす狙いがある。

レジをしなくなることで、薬剤師が本来の職能を活かした相談業務に時間をさけるということのようですが、私自身はこの見方はいかにも業界団体が用意した、テイのいい理由だなあと感じました。薬剤師がレジをしなくなったとしても、その分薬剤師の相談業務などが増えることはあまりないと思います。なぜなら相談業務とはそもそも利益を直接生むものではないからです。薬剤師の手があくなら、より収益性の高い調剤業務に励んでもらうか、人員を減らした方がいいでしょう。

私は今のドラッグストアでお客が薬剤師に相談しない理由の一つは、薬剤師が忙しそうだから、声をかけにくいからだと思っています。では、実際に薬剤師が店のどこかにちょこんと座っていて、「いつでもご質問ください」と待機していたらどうでしょうか?消費者としては便利かもしれませんが、店にとっては人件費がペイできません。健康相談料を設定するなら別ですが、いまのままではドラッグストアの薬剤師の相談業務は会社に利益を出さないのです。それならば、次から次へとくるリアップやロキソニン(薬剤師の相談が必須の第一類医薬品)を買うお客のレジ打ちをしたほうが、雇用主にとってはずっとありがたいのではないでしょうか。

 

もう一つ、今回の無人レジ導入の位置付けについて押さえておくポイントがあります。それは、このニュースが脈絡なく突然出てきたものではないということです。日経新聞の報道にある「国内大手ドラッグストアが2025年までにすべての店舗で無人レジを導入する」にピンと来た人は多いと思います。2025年?・・・あ、あれね、あれあれ。

そうです、経済産業省が昨年大手コンビニと一緒に策定した「コンビニ電子タグ1000億枚宣言」の実行期限と同じなんです。昨年4月の経産省のリリースを引きます。

経済産業省は、2025年までに、セブン‐イレブン、ファミリーマート、ローソン、ミニストップ、ニューデイズの全ての取扱商品(推計1000億個/年)に電子タグを利用することについて、一定の条件の下で各社と合意することができました。これを踏まえ、各社と共同で「コンビニ電子タグ1000億枚宣言」を策定しました。

「コンビニ電子タグ1000億枚宣言」を策定しました~サプライチェーンに内在する社会課題の解決に向けて~(METI/経済産業省)

経産省は2025年までに、セブン-イレブン、ファミリーマート、ローソン、ミニストップ、ニューデイズの全ての取扱商品(推計1000億個/年)に電子タグを貼付け、商品の個品管理を実現する計画です。実際、今年の2月にはファミリーマート、ローソンなどの一部の店舗で実証実験も行われています。

www.meti.go.jp

再び日経の報道に戻ると、3月中に経産省は日本チェーンドラッグストア協会と研究会を立ち上げるそうです。まずはコンビニ、そして次はドラッグストアということでしょう。当たり前ですが、ICタグによる様々な効率化はコンビニ業界だけでやっても国力の向上にはつながりにくいのです。

今回のドラッグストアの無人レジ導入は、こうしたドラッグストア側のコストカット策であることは抑えつつも、もう一つ、経産省が主導する一種の流通・物流・小売改革の一環でもあることは理解しておく必要があると思います。経済成長が仕事の経産省と、消費者の安全性の確保が仕事の厚労省の間で摩擦が起きる可能性もあります。

セルフレジ自体はすでに一部のドラッグストアで導入されています。カワチ薬品というチェーンドラッグストアはセルフレジ導入で半年で3億円コスト削減につなげたことを2015年の流通新聞が報じています。

客が自分で購入した商品を精算するセルフレジの導入を、今年度中に数十店増やす方向だ。半年で約3億円のコスト削減効果があったため、通常の大型店にも設置を検討する。コスト抑え安値で集客、カワチ薬品、既存店テコ入れ、チラシ削減、セルフレジ導入。 | リテールテックJAPAN

企業側が無人レジ導入を図る理由としては十分です。一方で、無人レジ導入がどのように顧客満足につながるのかという点も検証が必要です。ある経営コンサルタントさんがご自身のブログで、米国アマゾンの無人レジと日本の無人レジを比較して大切な指摘をされていましたので紹介します。日本の無人レジも顧客満足につながることは間違いないのですが、出発点をはき違えてはいけないということです。

現時点で感じることは、アマゾン・ドット・コムは、顧客満足度向上を第一優先で、言わば、Customer First(カスタマーファースト)の姿勢で、無人レジを含む無人スーパーの実用化を目指しています。 これに対して、日本企業のやり方は、顧客満足度や顧客の利便性よりは、人手不足を解決することを優先して、無人レジスーパーの実現になっているとの印象をもっています。

日経記事;『ドラッグ全店に無人レジ ツルハなど、25年までに』に関する考察 - 新規事業・事業拡大全般 - 専門家プロファイル

なお、私は無人レジの導入に賛成です。医薬品に関しては、副作用のリスクが相対的に高い第二類医薬品・指定二類医薬品は現品がセルフで取れない場所に置き、薬剤師が現品を購入者に渡したのちにセルフレジに進んでいただくのがよいと思います。ただし、利用者の利便性は損なわれることが悩ましいところ。今後考えが変わる可能性は大いにあります。

今回の報道に対しては、この1日でSNS上に色んな意見がありました。みなさんはどうお考えでしょうか?今後の動きに注目です。