<テイラック>という市販の漢方薬が売れている。
「最近入ってこないんですよね」と近所のドラッグストアの店員も困り顔。発売は今年の4月。だが、人気に火がついたのは最近かもしれない。わたしは先月、店頭で1日に2回聞かれた。いずれの客も「ネットで見た」と話した。
6月の天気は不安定だった。気圧の変化は頭痛を引き起こす。低気圧からくる頭痛に効く漢方薬がある。そんな情報がネットに出回った。
<天気痛>という言葉がひところ知れ渡った。造語の主は愛知医科大学の佐藤純教授。日本で初めて「天気痛外来」を開設した医師だ。2015年にNHKの「ためしてガッテン」に取り上げられ、一般向けの書籍も出た。
天気痛は天気によって引き起こされる様々な体の不調だ。耳の奥の内耳には内リンパ液と外リンパ液が流れており、外リンパ液は外気の影響を受けやすい。外リンパ液を通じて内リンパ液に影響がおよび、神経の興奮が脳に伝わる。その結果、交感神経の活発化などが起きると考えられる。佐藤教授によればこれが天気痛のメカニズムだ。
「実は天気の変化がきっかけで、痛み、めまい、うつ状態に陥る患者さんの数は、みなさんが想像している以上に多いのです。社会的にもこのつらさを理解してもらいたいという思いで、『天気痛』という名前をつけました」(『天気痛を治せば頭痛、めまい、ストレスがなくなる!』)
と、佐藤医師は著書に記している。
天候と頭痛の関係性は、じつは科学的にはやや曖昧だ。影響を与えるという研究結果もあれば、その逆もある(PMID:30790108-introduction)。今年に入ってからの研究報告(PMID:32048556)には、緊張からくる緊張型頭痛は、患者が肥満体型であれば寒さよりも暑さで頭痛が誘発されるとした。しかしそうではない偏頭痛と緊張型頭痛の場合は、寒さ暑さと頭痛は無関係だった。頭痛にも複数タイプがあり、また体質によって気候から受ける影響は違ってくるのかもしれない。
日本でも面白い研究がある。静岡県のドラッグストアチェーンを対象に、鎮痛薬のロキソプロフェンの年間の売上高を収集し、気候との関連を調べた。結果は、平均気圧が低下するとロキソプロフェンの販売量が増えた(PMID: 24943052)。2019年の論文である。
科学的裏付け(エビデンス)の強弱はさておき、天候と体の不調の結びつきを実感する人は多い。「気のせいだ」で片付けられては気の毒だ。だからこそ佐藤医師の提案に価値がある。
さて、そこで、冒頭のテイラックである。これは商品名だが、中身は漢方薬。五苓散(ごれいさん)という有名薬だ。薬剤師で知らない人はいない。
五苓散は沢瀉(タクシャ)、猪苓(チョレイ)、蒼朮(ソウジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、桂皮(ケイヒ)の5つの生薬からできている。商品によっては蒼朮ではなく白朮を使うが、いずれにしろ5つの生薬から作られる。だから名前が「五」苓散。
このうち中心となる成分(主薬)は猪苓だ。サルノコシカケ科のチョレイマイタケというキノコから採れる。このキノコ成分(菌核)には利尿作用がある。体内の水分の停滞を解消するとされる。5つの生薬の効果で、むくみや下痢など、体に水分がたまっている状態に効く。なぜか頭痛にも効く。その科学的な理由は実はよくわかっていないらしい。キノコを食べると頭痛が治るわけではない。
漢方薬に詳しい熊本赤十字病院の加島雅之医師によると、五苓散が頭痛に効くことは江戸時代からわかっていた。昭和に大塚敬節という高名な漢方医が神経痛に使い、それを知ったこれまた高名な漢方医の矢数道明が、頭痛患者に数多く用いたという(『漢方薬の考えた、使い方』)。
現代では「慢性頭痛の診療ガイドライン」(2013年)でも、有効な頭痛薬の一つに数えられている。といっても、科学的な裏付けはあまりない。経験的に効果が得られているという位置付けだ。
五苓散はどの体質の方にも使いやすい。ふつう漢方薬の説明書には「体力がある人」「虚弱な人」などと書かれているが、五苓散にはそうした条件がない。 しかし、誰でも使えるという意味ではない。五苓散の症状が合っているのは、一般的には「口が渇く」「尿量が少ない」という状態だと考えられている。漢方専門家に相談するのが良いが、今や街場の漢方専門家は希少種なので掴まえるのは容易ではない。
いずれにしろ、興味がある人は店頭で薬剤師なり登録販売者に聞くのが良い。漢方専門家でなくとも、最低限の心得はある。
テイラックは売り切れても、同じ五苓散成分である他の商品は在庫がある。商品名だけで探す消費者は気づくことができない。また、あるお客は「天気による頭痛にはテイラックが必要で、普通の痛み止めは効かないと思ってました」と話したが、これも誤解である。
ツイッター上では「テイラックの成分は***(他の商品)と同じだった!」という一般消費者のツイートが拡散された。市販薬をよく知る者からすれば「そんなことは、聞けばいくらでも教えますよ」と言いたいが、消費者と専門家の距離が遠い。
余談。どうでもいいことですが、今日はいつもとは違う文体で書いてみました。
↓天気とロキソプロフェンの論文を書いた著者の書籍です