note「落ちたことにすら気づかない、虫除けスプレーの意外な落とし穴」について、専門家向けに補足情報を書きます。一般の方々が読むと誤読の恐れがありますので、申し訳ありませんがご遠慮くださいませ。
まず、動画についてです。この動画を見る際のいくつかの注意点として、動画は個別の製品の噴霧性能を比較したものではない点があります。噴霧角度や液残量によって多少の差は出ると思います。あくまでも塗りムラを感じていただくための動画としてご覧ください。4製品は家にあった品を使いましたので、おそらく1〜2年前のモデルだと思います。動画は用紙を床に付けた状態で、説明書通り10センチほど離した状態で噴霧していますが、用紙を壁に貼り付けた状態でも噴霧しても製品ごとで噴霧性能に変化はありませんでした。そのため、床に向けて噴霧したことによる薬液出力の影響はなかったと考えられます。ちなみに動画は公開から1週間で再生回数6000回でした。動画コンテンツは強いですね。
さて、市販の忌避剤ですが、スプレー式はミストとエアゾールがあります。エアゾールは缶なので廃棄方法がめんどくさいですね。あと大きいのでかさばります。
制汗パウダーを配合することでどれくらい持続力が高まるのかは、わたしはデータを知りません。製品の特徴としてメーカーがウェブサイトでうたっています。
なかには24時間効く「服の上からサラテクト」(ディート10%)というのもあります。製剤工夫でしょうか。服の上からという製品名ではありますが、「皮革製品、和装品、ストッキング等のポリウレタン配合衣類には使用しないでください」と説明書には書かれています。
もう一つ持続力で大切なのが、主成分以外の添加物によって揮発を防ぐというものです。例えばこちらの2007年の研究はおもしろいですね。
製造コストを下げるために、忌避剤に添加物を加えたことで、持続効果が向上したことを報告しています。製造コストも問題は考えたことがありませんでしたが、この研究が行われた南米では多くの人に忌避剤が行き渡るような努力があるようです。
汗による忌避剤の塗り直しですが、これは5時間くらいで塗り直した方が良いという意見があったりするものの、確かなことはわかりませんでした。もっと論文を探さないと出てこないような気がします。気になるのは、一般に言われるディート30%で5〜8時間、イカリジン15%で6〜8時間は、実際のフィールドでも当てはまるのかという点です。
そこで先述の研究を見てみますと、ディート15%では5時間で、20%では6時間で効果が1割ほど下がっているようです。
また、下記のアース製薬の資料では、別の実地の試験でも概ね一般に言われる程度の効果を得ているものが紹介されています。実験室のデータでは当然もっと長い時間の忌避効果を示したデータがあります。
https://server45.joeswebhosting.net/~js4308/insecticide/proc/2017_88.pdf
総合すると、相当汗だくになったり、水に濡れてしまった場合を除けば、ディートは5時間に1度、イカリジンは6時間に1度程度、塗り直せば良いかなと個人的には思います。それを超えて使っていると、1割ほど効果が下がっていく、と今の所ざっくり考えておけば良い気がします。
日焼け止めとの併用の順序については、国立感染症研究所が2016年に作成したジカウイルス感染症の資料です。
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000155180.pdf
「これら忌避剤を使用する場合の注意点として、泳ぐ、発汗 が多い、雨に濡れるなど皮膚表面から忌避剤が失われやすい状況では早めに塗り直す ことが必要です。ディートやイカリジンの上から日焼け止めを塗ると忌避剤の持続期 間が短くなるので、まず日焼け止めを塗って、その後に忌避剤を塗るなどの注意が必 要です」とあります。根拠までは調べていませんが、海外の論文にもそうした記述があるので、仮に根拠があまり強くないとしても、念には念をの表現としては、なんとなくコンセンサスは取れているのかなという印象です。まあ、今回はあくまで”厚労省の資料では”ということで。
あと日焼け止めとの併用といえば、ディートは日焼け止めとともに成分の吸収が増えるので、イカリジンの方が良いというネタがありますが、今回はnoteには書きませんでした。皮膚科医のほむほむ先生が大変わかりやすく論文紹介してくださっています。
虫除けと日焼け止めを同時に使用する場合、ディートとイカリジンのどちらがより安全か?(ページ2)
この研究は2016年のものなのですが、あいにくアブストではサンスクリーンの種類がわからず、そこがちょっと気になるところです。オキシベンゾンのことなのかな?という気がしているからです。
というのもこのオキシベンゾンは割と以前から悪名があったようで、経皮吸収の報告もあります。
https://link.springer.com/article/10.1007/s11356-014-3915-3
オキシベンゾンはとても有名な紫外線吸収剤でしたが、2018年にハワイ州がサンゴ礁などに悪影響を与える成分の日焼け止めは禁止すると決めたことで、今はあまり使われていないと思います。ハワイ州の施行は2021年ですが、今までオキシベンゾンを使っていた資生堂のアネッサもすでにやめています。
まあ、オキシベンゾンでなければ吸収に影響しないという話でもないとは思いますけど、今市中に出回っている紫外線吸収剤と忌避剤の関係性についてはまだ私は調べきれていません。どなたかほむほむ先生が紹介されていた先述の2016年の論文のフルを読んだ方がいましたら教えていただけますと嬉しいです。
塗る場所については、製品の説明書にツツガムシへの使い方が記載されています。
ツツガムシは、ダニの一種で、 病原体を持ったツツガムシに刺されることによって発症するのがツツガムシ病です。症状は発熱・皮疹・噛み跡。日本感染症学会によると、年間400~500例の感染報告があり、5〜6月と11〜12月に発生のピークがあります。つまり、真夏ではなく初夏と秋に注意が必要になります。また、適切な抗菌薬投与がなされない場合の致死率は3~60%と生命に関わります。適切な治療によって3日以内に解熱・軽快することが多いそうです。
ツツガムシ病(Scrub typhus)|症状からアプローチするインバウンド感染症への対応~東京2020大会にむけて~ - 感染症クイック・リファレンス|日本感染症学会
ダニといえば、千葉県で85歳の女性が今年の8月14日、マダニに噛まれたことによる日本紅斑熱で亡くなりました。広島県では70代女性が4日に亡くなっています。コンクリートリバーに住んでいるとあまりダニを意識することはありませんが、近所に緑が多いところや、旅行先では注意が必要かもしれません。
最後に、旅行者の意識調査はこちらの論文です。
私には著者の解釈に妥当性があるのか判断がつかない部分がいくつかあるのですけど(塗る面積が足りないとあるが、その塗る量の基準に合理性があるのかが分からないなど)、参考になりそうな部分だけnoteには書きました。
蚊の活動気温は色々な説があるようなのですが、一般的には35度を超えると活動が落ちるというのが今の所通説のようです。
そういえば最近見ない?「蚊は35度以上の暑さで活動停止」は本当か
余談になりますが、こちらの体験記は地味に勉強になりました。ディートやイカリジンは接触により忌避効果を発揮するという説に合致します。そして、そもそも蚊を寄せ付けたくないならハッカが良いようです。