『家庭の薬学』

自分に合った市販薬を選びませんか?

【特別企画】薬剤師が注射を打つって、どういうこと?米国薬学生に聞いてみました

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薬剤師による予防接種が当たり前の国のお話

さあ、久しぶりの特別企画です。日本ではいよいよ医療従事者に対する新型コロナワクチンの接種が始まりました。海外では一足先に地域住民への接種も既に始まっており、米国では2月からドラッグストアでも薬剤師が住民に注射を打っています。そう、米国では薬剤師が注射を打ちます。この国では常日頃から、薬剤師による予防接種が当たり前になっているからです。日本ではあり得ない?いえいえ、そんな米国の薬剤師の仕事は、日本の薬剤師の未来の一部かもしれません。今回は、米国薬学生のぽんさんにご登場いただき、薬剤師と注射の関係を詳しく伺いました。 それではお楽しみください!

(聞き手K:kuriedits 回答者P:ぽん)

回答者のご紹介

K:この度はありがとうございます。最初にぽんさんのご経歴を、読者の方々にご紹介させていただきますね。病院薬剤師を5年勤められた後留学し、卒業後シアトルの病院でPharmacy Technicianとして2年半勤務。現在は米国の薬剤師免許取得のため、フロリダ薬学院Pharm.D 4年目の学生さんです。ただ、ツイートを拝見していますと、薬学生の身分ながらすでに臨床の現場に出て活躍されておられる印象を受けました。教育システムが日本とは少し違うようですね。

P:アメリカの薬学生は在学中に薬局や病院で働くのがとても一般的で(新卒/既卒の枠がないので、新卒でも勤務歴ゼロだと就職が難しい)、わたしも一年間地域薬局で働いていました。最終学年は一年間まるまる実習なので、現在は興味のある科を選んで6週ずつのローテーションをしています。基本的に薬学生は指導薬剤師の許可さえあれば薬剤師業務のほとんどが可能なので、患者さんへの指導が必要だと思えば自分で行きますし、薬の変更や提案も自分の判断で処方医に連絡したりもします。どれだけ自分の判断で動くかは指導薬剤師との信頼関係次第ですね。

新型コロナワクチンを薬剤師が注射することへの反応

K:なるほど。ご説明ありがとうございます。それでは、早速、今回のテーマに入りたいと思います。2月に入り、米国ではドラッグストアなどで薬剤師による住民への新型コロナワクチンの接種が始まりました。これに対するぽんさんの周囲の非医療従事者を含む人々の反応はどのようなものでしょうか。賛成意見や反対意見などはありましたか?

P:薬剤師・非薬剤師に限らず、薬剤師が地域薬局で予防接種をすることはごく普通になっているので、ワクチンの話題になっても薬剤師が投与することに関しては特別話題にのぼったことがないです。賛成も反対も何も、当たり前でしょ?という人が多いように思います。むしろ温度管理の都合で病院に比べると接種開始時期が出遅れたので、いつになったら薬局で打てるの?という声を1月あたりは患者さんから聞きましたね。

K:薬局への期待が大きい中で、新型コロナウイルスに対応するにあたり「米国の薬剤師はすごいな」と感心したり、驚いたりしたことがありましたら教えてください。

P:個々の薬剤師ももちろんですが、アメリカ薬剤師会やアメリカ臨床薬学会など、各薬剤師団体の働きが素晴らしいなと思いました。会員向けにCOVID-19に関するアップデートやワクチンに関する情報は毎日Eメールで知らせが来ましたし、感染専門薬剤師によるWebinarなども頻繁に行われていました。ワクチンが承認されるや否や投与方法や温度管理について情報がまとめてシェアされたり、いち早く接種を始めた病院の薬剤師から注意点などの情報共有があったり、スピード感には特に感心しましたね。

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初めての注射はすごく緊張。でも「すぐ慣れた」

K:職能団体が活発に動いたのですね。そもそもですが、米国では、コロナワクチンに限らず、薬剤師によるワクチン投与は日常的に行われていると聞きます。先日、在米日本人の流通ジャーナリストの方から「アメリカでは薬剤師の予防接種はもう空気のようなもの」と教えていただきました。ぽんさんもそのように感じてらっしゃいますか?

P:それはそう思います。わたしが渡米したのは2014年なのですが、少なくともそれ以降に、薬剤師が注射するの?!みたいなリアクションをされたことはないですね。

K:ぽんさん自身も、患者さんや地域住民の方にワクチンを注射したご経験はありますか?

P:ありますよ!年間を通じてHealth FairやImmunization Driveと呼ばれるイベントがあって(学生が企画したりもします)、そこで学生ボランティアとして地域の方にワクチン投与などしていました。ワクチン投与だけでなく、血糖や血圧を測って必要であれば受診を促したり、子供に手の洗い方を教えたりとイベントによって様々です。

K:めちゃくちゃ有意義な活動ですね。地域住民の方に初めて注射した時の感想を教えてください。怖かったですか?

P:はじめの数人はすごく緊張したのを覚えています。でも割とすぐ慣れましたね。手技としてはすごく簡単なので、いかに雑談などで気をまぎらわせて短時間ですませるかに気をつけていました。

K:ぽんさんの大学では薬剤師のワクチン投与について、どのような教育が行われているのでしょうか?

P:ワクチン投与に関してはアメリカ薬剤師会(APhA)によるPharmacy-based immunization deliveryというcertificate(修了証)があって、それを修了して申請すると、薬剤師免許やインターン免許が更新されて"certified immunizer"と追記されます。 自己学習部分は自分で勉強してから学校での実技練習でした。BLS(Basic Life Support 一次救命措置)も必須ですがこれは入学時に全員取得して2年おきの更新のみです。このCertificateとは別に、薬剤師が予防接種をするようになった経緯やそれぞれのワクチンの分類、作用副作用、対象患者やスケジュールについて学ぶ授業もありました

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予防接種プログラムは20時間、実際の講習は8時間

K:米国薬剤師会のプログラムには「20-hour program」と書かれていますが、20時間の受講で注射を打てるようになるのでしょうか?思ったよりも短時間なのだなという印象です。実際に受講したぽんさんは、どのような感想を持ちましたか?

P:20時間といってもself studyの時間が半分以上で、実際の講習は8時間(1日)、実技はそのうちの数時間です

K:短い!

P:日本の薬剤師さんと話をしていると、大層なトレーニングをイメージしているような印象を受けますね。手技に関しては特に説明して教えられることなんて限られてますし、もう実践してみるしかないと思います。インスリンやホルモン剤の自己注射の指導だってそんなに何時間もかけないですよね。トレーニングを終えたらもう完璧!という状態ではなく、ほとんどの人が最初は緊張しつつ投与して、だんだん慣れていくのだと思います。 そう考えると時間としてはまぁ妥当なのかなとは思います。Self studyパートにかかる時間は人それぞれなので、既にワクチンのスケジュールなど勉強していればもっと短くすみますし、一からであればもう少しかかるかもしれないですね。

K:私にもできそうな気がしてきました(笑)確かに、英国では非医療従事者が約20時間の講習を受けてワクチン摂取に参加しているそうですから、時間の問題ではないわけですね。ところで、薬剤師が予防接種をするようになった経緯についても学んだとの事ですが、その内容を教えていただけませんか?

P:そんなに事細かには学んでないですが、大体こんな感じです(画像で提示。著作権の都合で掲載は割愛)。これ実際にcertificationとる時の資料の一部です。

K:ふむふむ。この資料によると1990年代から本格的にスタートしたようですね。薬剤師による注射は、それほど昔のことではないんですね。

P:最初はワクチンの管理、準備、患者教育から始まり、看護師さんに薬局に来てもらってワクチン投与したり、各団体が薬剤師向けトレーニングプログラムを作成したり、ACIP(予防接種に関する諮問委員会)に薬剤師が参加を開始することでアメリカ薬剤師会の声を届けられるようになったり、といろいろ段階はあったようです。

薬局で予防接種ができるメリット

K:もし日本の薬局やドラッグストアで、米国のように薬剤師がガーダシルをはじめとした予防接種を打てるようになったら、薬剤師の仕事はどう変わると思われますか?また、生活者にとっては、どんなメリットがあると思われますか?

P:薬局で予防接種が打てるようになったら公衆衛生の寄与にすごく大きな一歩になるのではと思います。特に普段定期的に病院に行かない層に届けるために、ドラッグストアはとても良い場所になると思います。例えばドラッグストアの入り口に"今年のインフルエンザ予防接種はお済みですか?"という看板があったら、「予防接種のために病院に行くのはちょっと・・・」という層が気に留めてくれそうですし、「旅行や留学前に常備薬を買っておこう」と立ち寄った人たちに破傷風や肝炎など渡航国に合わせたワクチンの提案ができたら便利そうですよね。

K:おおー、確かに。

P:日本は健康意識が高い割に予防医療に関しては後進国なので、薬局薬剤師が大きく貢献できる分野だと思います。薬剤師が成人のワクチンスケジュールに応じて必要なワクチンを投与できたら、しかもそれがドラッグストアでの買い物ついでにできるとなれば、需要はかなりあるんじゃないでしょうか。やはりその時にその場所で投与できるというのは大きいと思います。せっかく必要なワクチンを認識してもらっても、その後受診となると忙しくて忘れてしまって・・・とかなりそうですし。

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米国薬剤師の雇用の変化

K:おっしゃる通りですね。ちなみに市販薬についてもお聞きしたいのですが、コロナ禍の米国においては、市販薬は住民にとってどのような存在だったと感じられますか?何か印象的なエピソードがあれば教えてください。

P:そもそもの背景として、出来る限りは市販薬ですませて医者にはかかりたくないという人々が多数派なので、コロナ禍でなにか市販薬の立ち位置が変わったかというとそうでもないかもしれません。COVID19にNSAIDsが良くないんじゃないかという話が一時期あったかと思うんですが、その時に一時的にTylenolの在庫が少なくなっていたのは覚えています。ただTylenolもともと大人気なので325mg, 500mg, 650mg, それぞれIR(速放性), ER(徐放性)などものすごい種類があって、例えば500mgIRが売り切れても何かしらは残ってましたね。

K:こうして聞いていると、市販薬にしろ予防接種にしろ、日本の薬剤師が持っていない“道具”をすでに米国薬剤師はたくさん持っているように感じます。ある意味では理想形に近いのではないかとさえ思うのですが、そんな米国薬剤師全体の、今の課題や目標について教えていただけますか。

P:薬局薬剤師に限って言えば、現状でも薬剤師の数はかなり絞られてきているのですが(ざっくりですが処方箋200枚/1薬剤師くらい)、テクニシャンへの業務シフトやメールオーダー薬局(オンラインでやり取りをし、薬は郵送する薬局)の普及で更に数が減っていくと予想されています最近はCommunity pharmacist(地域薬局薬剤師)からAmbulatory care pharmacistへのシフトが起こりはじめていますね。Ambulatory care pharmacistはクリニックに常駐して、薬物治療のサポートをします。例えば医師の診察が6ヶ月に一回だとして、薬剤師とは月に一回予約をとってその間のケアをしたりします。用法用量などは薬剤師判断で変更できますし、必要に応じて血液検査をオーダーしたり専門医へ紹介状を書いたりもします。ただこのAmublatory careには卒後1〜2年のレジデンシートレーニングが必須で、そのレジデンシーをするにもかなりの競争率なので、諦める学生も少なくありません。

K:テクニシャンやメールオーダーによる集約化によって、雇用環境が大きく変化しているわけですね。これは日本でも将来起きてもおかしくないと思います。薬剤師業界全体としては何か目指しているものはありますか?

P:薬剤師を処方者(provider status)として認めてもらうことでしょうね。州によっては認められているのですが、連邦として認められていないのでインセンティブが付けづらく、要は医師ではなく薬剤師が処方することに対して金銭的なメリットがないのです。各薬剤師会が、薬剤師が処方することでこれだけ治療成績があがった、これだけ医療費が削減された、というデータを集めてアピールをしているところですね

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「薬剤師が処方する」の意味

K:「薬剤師が処方する」とはどういうことでしょうか?

P:今、一部の州で行われているのは、

低用量ピルは処方箋薬ですが、希望する患者さんに対して既往歴や年齢など薬剤師がOKと判断すれば、その場で処方・調剤できる

②禁煙補助薬のうち非ニコチン製剤は処方箋薬ですが、非ニコチン製剤も薬剤師判断でOKなら処方・調剤できる

一定量以上のオピオイドを使用している患者さんに対して、薬剤師が必要と判断すれば拮抗薬のナロキソン点鼻を処方して何かあった時には使うように渡すことができる

④処方箋のリフィルがなくなった場合は新しい処方箋が必要だけど、間を開けない方が良い薬など数日分(30日分だったり州による)であれば薬剤師判断で調剤できる

などです。処方者のところに担当薬剤師の名前を入れて、普通に処方箋として記録に残ります。

人件費と報酬の天秤

K:なるほど。これらのうちのいくつかは、いずれ日本でも導入されそうです。しかし、そうした処方行為に対して「金銭的なメリットがない」というのは、調剤技術料は取れても処方箋の発行にはフィーがつかないということですか?

P:薬剤師が患者情報を確認して処方可能という決断を下すことに対するフィーですね。受診料みたいなものでしょうか。米国の薬剤師は人件費が高いので、人件費×処方にかかる業務時間と処方することで得られるフィーとを天秤にかけて、「うちの薬局では低用量ピルの処方はやってません」みたいな場合もあります。現在は患者さんにコンサル料を支払ってもらっているようですが、法外な値段では誰も利用しないですし・・・これが保険会社からきちんと支払われるようになれば、どこの薬局もここぞと処方を始めると思います。Ambulatory careの場合も同じように、薬剤師がいくら薬物療法の評価をしたり、薬剤師外来を受診してもらっても、provider statusがないと保険会社がお金を払ってくれないんですよね。そうするとクリニックにとって薬剤師を雇う金銭的メリットが見えにくいです(それでもかなりの薬剤コスト削減にはなっているのですが)。処方箋を受け取って薬を渡すことに対するフィー、いわゆる調剤技術料のようなものは、そもそもがものすごく安く、どんどん下げられてもいるので、そちらにはあまり期待されていないような印象です。

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日本の若い薬剤師へのメッセージ

K:「米国の薬剤師はすごいな〜いいな〜」などとのんきに眺めてちゃいけませんね。フィーを取るための努力は日米共通の課題だということがわかりました。 この度は大変貴重なお話をありがとうございました。私は薬学部の学生さんや、若い薬剤師に、ぽんさんのお話を是非読んでもらいたいと思いました。最後にぽんさんから、そうした若い日本の薬剤師・薬学生に向けてメッセージをお願いします!

P:ルールや法律にとらわれずに、何がしたいのか、何が出来るのか常に考えて、柔軟なアイディアをどんどんシェアしていって欲しいなと思います。日本の薬剤師さんは真面目で勉強家な方が多いですし、そこに変化をチャンスと捉えられる次世代の薬剤師さんたちが加われば、日本の薬剤師業界をどんどん良い方向に変えていけると思います。海外に一度飛び出してみるのも良いですし、やりたいことがあったらどんどん挑戦して欲しいですね。 もし英語力の向上や海外での薬剤師事情などに興味があれば、わたしも講師を勤めるPEACEという団体で、定期的に英語の資料を使ったオンライン勉強会を行なっています。興味のある方はツイッター(@ponzunopon)やこちらからどうぞ→PEACE

K:めちゃめちゃいい活動ですね・・・。貴重なお話をありがとうございました!

 

<本記事は2021.2.22-26のDMでのやり取りを再構成したものです>

<3枚目 ワクチンの写真はhakan germanによるPixabayからの画像

<4枚目 ドラッグストアの写真はSiggy NowakによるPixabayからの画像 >

<5枚目 紙幣のSiggy NowakによるPixabayからの画像