7月7日は七夕。願いを書いた短冊を飾る笹の、その葉は食べ物を包むのに用いられるなど、古くから日常生活に取り入れられてきました。笹の葉には抗菌作用があるとされているためです。
では、この笹の葉を使った家庭用の薬があることをご存じでしょうか。長野県上田市にある会社がつくる、
「サンクロン軟膏」
です。
塗り薬のサンクロン軟膏は、肌荒れや切り傷などに使う薬です。抗菌効果のある「銅クロロフィリンナトリウム」を薬効成分として、そこに皮膚保護としての軟膏基剤(親水軟膏)を加えただけの、とてもシンプルな薬。薬の原料となるのは、笹の一種であるクマザサです。早朝、標高1000メートル以上の長野県の山に向かい、新鮮なクマザサを刈り取り、その葉から樹脂を除去して製造します。巷で見かけることは滅多にない珍しい塗り薬ですが、昔から愛用者がいます。
以前、わたしはこの会社がある長野県上田市に所用で行ったことがあります。
せっかくだからと、上田駅から徒歩圏内の薬局やドラッグストアで購入しようとしたのですが、どこにもありません。そこで製造元の「株式会社サンクロン」に電話したところ、近隣店舗では扱いがなく、上田駅から電車で数駅くだり、そこから数分歩いた店で扱っていると教えてもらいました。地元の薬なのに主要駅近くに置いてないのか・・・。
ややいぶかしく思いながら、さっそく言われたとおりの店に行って、おどろきました。そこは、色褪せた昭和のポスターが貼られた外観、薄暗い店内ではお酒と食品をポツポツ売っているような、相当に年季の入った小さな店でした。お客はわたし以外おらず、店の名前も「商店」です。ほんとうに、この店でいいんだろうか。店のおくにお婆さんが一人で座っていました。サンクロンをくださいというと、すぐに出してくれました。
「これも、あげますよ」
そういって笑顔で渡してくれたカラー色の小さなチラシには、早朝からサンクロンの原料となるクマザサの採取に向かう職人たちの写真、そしてサンクロン軟膏がつくられる過程が説明されていました。へえ、こんなふうに、この薬はつくられるんだ。
晴れた夏の日、商店のそばを流れる千曲川の橋のうえで、チラシを読みながら、この店まで来てよかったなと思いました。
株式会社サンクロンの創業者は、明治生まれの「⾦⼦卯時⾬(かねこうじう)」という人物です。
食と健康に関心をあった金子は、九州大学農学部に進学、卒業後は旧日本軍で、軍隊のための携帯食料の研究に携わります。野菜に含まれる栄養素の効率的な摂取方法を探ることが金子の研究で、終戦後もひっそりと自宅で研究を続けます。植物からまるごと栄養を摂取できれば多くの人の助けになると考え、さまざまな野菜・植物を調査。大型動物である熊や馬などが好んで食べるクマザサの栄養に可能性を感じ、葉の成分を抽出する技術の開発を始めました。そして1954年、旧厚生省から日本初のクマザサの医薬品の承認を得るに至ります。以上は同社のウェブサイトに詳しくあります。
わたしはこれを読んで、「ミドリムシで世界の食糧問題を解決する」として世界初の技術を開発した、東大農学部出身で「ユーグレナ」創業者の出雲充氏の名前を思い出しました。
サンクロンには現在、2つの製品があります。創業以来、90年代まで病院でも使われていて現在は市販薬として口臭予防などの効果がある液体タイプの「サンクロン」、そしてのちに追加された軟膏タイプの傷薬「サンクロン軟膏」。70年前、植物で人を救うために立ち上げたベンチャー企業の、その心意気に敬意を表したい気持ちです。
今日は七夕。多くの人が、健やかでありますように。
追記****************
この記事をかいたあと、X上で皮膚科医のかたから、光過敏症のリスクについて言及があった。クロロフィルの分解産物は、肌が赤くなる光過敏症を引き起こすことが昔から知られている。1980年代には健康食品のクロレラによる光過敏症が相次ぎ、旧厚生省が通知を出すに至った過去がある。
そこで、Xで「サンクロンの社長さん」のアカウントに、光過敏症のリスクについて疑問を投げかけたところ、以下の回答をいただいた。大変良い情報だと思ったので、ここに掲載したい。
「お問い合わせありがとうございます。光過敏性については、クロロフィルを酸性処理することで、フェオフォルバイドを生じさせることが原因となります。 弊社のサンクロンについては、アルカリ処理により銅クロロフィリンナトリウムに置換していますので、光過敏性問題はクリアしております。」
なるほどである。
※旧厚生省通知
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/hokenkinou/dl/18.pdf