乾き目の目薬「ヒアレインS」が9月16日付で第2類医薬品に移行しました。薬剤師不在の時間帯でも購入可能で生活者にとっては便利になった反面、従来からこの目薬が抱えていた、ある問題点が顕在化しそうです。それは、”適切な使用が難しい”ということ。今回はヒアレインSにまつわる、”わけわからん現状”を紹介します。
ヒアレインはもともと、眼科でドライアイの患者さんに使われてきた薬です。2020年に市販薬として「ヒアレインS」が発売し、処方箋なしでも購入できるようになりました。当然、ドライアイの人が使う薬として活躍するのかと思われましたが、コトは意外な方向に進みました。なんと、ヒアレインSは「ドライアイ」の人は”使ってはいけない”目薬として発売されたのです。
私もヒアレインSをたくさん販売し、その際には必ず「ドライアイの治療は受けていませんか?」と購入者に確認してきました。
すると、「え?ドライアイですよ。病院でこの薬を処方されたこともあります」という人が一定数います。そこで、市販のヒアレインSはドライアイ患者は使えないという市販薬の独自ルールを説明します。すると、どうなるか。
「なるほどね〜!」
と快く納得する人は、そうそういません。「え、そうなんだー、ふーん・・・」とモヤモヤ顔が大半です。そりゃそうですよね。病院で処方されているのに、なんで市販薬で買ってはいけないのか。
国がこうしたルールを敷いた理由は主に次の3点です。
・ドライアイには本人の自覚症状以外の診断基準がある。そのため一般消費者に「ドライアイ」と「(ドライアイではない)乾き目」を明確に区別することは困難
・ドライアイは重症度に応じて適切な治療が必要で、自己判断で治療機会が遅れると角膜感染症が起きる可能性がある
・ドライアイは医師の診療が必要な病気なので、市販薬の効能効果には載せられない
<審査結果報告書参照>https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000647005.pdf
これはこれで一理あります。現実問題としては、ドライアイは、そんなに症状が変動する病気ではありません。ずっとヒアレインを処方されて症状も安定している人が、仮に「受診する時間が取れない」と一時的に市販薬のヒアレインを使ったところで、問題はないように思います。しかし、市販薬として国内で初めて市販化された当時は、どんな使い方をされるか予想がつきにくい状況でした。かなり保守的な安全策を取ることは、それほどおかしなことではなかったともいえます。
ところが、実際にこのルールで運用してみると、困ったことが起きました。
”適切な目薬の選択が難しくなるケース”がでてきたのです。
たとえば、ヒアレインSの説明書には、ドライアイの診断を受けた人は使用しないでくださいという旨が書かれています。よく読むと、文意がとてもあいまいです。仮に1年前にドライアイの診断を受けて、いまは治療を受けていない人は、これに該当するでしょうか?診断が半年前なら?10年前なら?「ドライアイの診断を受けた人」がどこまでを指すのか、説明書を読んでもわかりません。
実際、購入しようとする人の話を聞くと、
「医師から『ドライアイぽいね』と言われて使ったことがあるけど、けっこう前の話です」
という答えはめずらしくありません。利用者がわかりやすいように、「ドライアイの治療中の人は控えてください」や「ドライアイの診断を受けている人は薬剤師の判断をあおいでください」など、ほかの表現を検討してもよさそうなものです。
本来はどうなるべきなのでしょうか。参考となる事例が、発売後の全国調査の報告書の中にあります。
ある薬局の薬剤師が、ヒアレインSを購入しようとした人に安全確認したところ、目が乾きやすくなるシェーグレン症候群であることがわかりました。眼科ではシェーグレンの患者さんにヒアレインが処方されることがよくあります。しかし、ヒアレインSには、シェーグレン症候群の人は使用しないように書かれています。これはドライアイ同様、医師の管理下での治療が優先されるためです。そこで、この薬剤師は、使用者の通院先の医師に連絡を取りました。使用者のシェーグレン症候群の症状は安定しており、コロナ禍で感染のリスクを負ってまで受診する必要はなく、市販薬を購入して対処すればよいとの見解を主治医は示しました。そこで、この薬剤師はヒアレインSを販売することにしました。
説明書のルールを逸脱していることはさておき、すくなくとも利用者にとっては最も良い対応だったと思います。十分なコミュニケーションがあれば、利便性と安全性は両立する例です。しかし、現状では、こうしたやり取りはめったにないでしょう。そのため、ヒアレインSの購入が適切な人の手にわたらず、あるいはその逆も発生することが起きます。
ヒアレインSをドライアイNGにしたことで、本来推奨される目薬の選択ができなくなるという、別の問題も起きています。
じつは、市販薬の目薬市場には、ヒアレインSが登場する前からドライアイ向けの目薬が存在していました。いまでは、そこそこたくさんあります。
たとえば「Vロートドライアイプレミアム」。効能効果にはドライアイの文字こそないものの、商品説明では「ドライアイ症状を治す」と書かれています。「新なみだロート ドライアイ」という、商品名に直接ドライアイと付けている商品もあります。
ヒアレインSに対してはドライアイは特別な病気だからとアレコレ厳しい注文をつけているのに、他の目薬はドライアイに使えるテイになっているのです。
すると、なにが起きるか。ドライアイのために「ヒアレインS」を買えない人が、他のドライアイ向けの目薬を買うことになります。ヒアレインSは医療用で使われている、ドライアイ治療の王道中の王道ともいえる目薬です。これをすっとばして、王道とは別の目薬をあえて買うことになるのです。
この本末転倒な奇妙な事態に、いまのところ手は打たれていないようにみえます。ヒアレインSが第二類医薬品に移行したことで、販売量がどんどん増えるでしょう。いままでとは異なり、薬剤師による面談確認もありません。ドライアイに使う、使わないの判断はいよいよ曖昧になると思います。
患者自身が薬についてよく知っておくこと、また医師もこうした市販薬の状況を知っておくことも必要だと思います。