
※今週は夏休みということで観光情報をお届けします
外郎藤右衛門の「外郎」
「外郎」の読み方がすぐにわかる人は、甘い物好きか、読書家か、さもなくば歌舞伎好きだ。
日本国内には、古今東西、さまざまな伝承薬、家伝薬がある。宇津家の「救命丸」(栃木)や、ツムラ/藤村家の「中将湯」(奈良)などはいまでもドラッグストアに並んでいるし、笠原家の「雲切目薬」(長野)など、その土地にいかなくては入手できないものもある。
本日紹介する品は、神奈川の小田原、外郎藤右衛門の家伝「透頂香(とうちんこう)」である。歌舞伎好きならピンとくるかもしれない。かの市川團十郎が歌舞伎十八番「外郎売(ういろううり)」の口上に登場させた品でございます。
市川家歌舞伎十八番に登場
起源は外郎藤右衛門の初祖が中国大陸から持ち込んだ家方の「霊宝丹」。これが室町時代より評判で、朝廷・将軍から重宝され、帝から「透頂香」の名を賜ったとされている。
初祖の帰化名が陳外郎だったことから、その人の薬という意味で「ういろう」とも呼ばれた。応仁の乱で家と家伝薬の存続が危ぶまれたため、一家は居を構えていた京都から、北条家の庇護のもと小田原へ移住し今に至る。江戸時代には、二代目市川團十郎が「透頂香」で、痰・咳の病が治ったことで、そのお礼にと市川家歌舞伎十八番「外郎売」が創作された。さらに、十返舎一九が描いたフィクション「東海道中膝栗毛」に登場するほど、小田原を代表する品となった。
ちなみに歌舞伎の「外郎売」はユーチューブで観れるので、ご興味あるかたは是非。
阿仙が主体、麝香なども配合
歴史もさることながら、薬としておもしろい。健胃生薬の阿仙を筆頭に、石膏、龍脳、麝香など12成分から構成されている。胃腸薬として普段使いできるが、効能欄は胃痛・腹痛を筆頭に頭痛、めまい、声の嗄れなど、なんでもござれだ。家伝薬にはこういうバグがある。いまでは許可されない。
パッケージを開けると、銀色の粒。見た目は、今日び巷のドラッグストアで売られている「仁丹」だ。飲んだ感じも仁丹。材料に薄荷脳(メントール)が含まれているから当然ともいえる。
仁丹とのちがい
鈴木昶著『日本の伝承薬』にこんな一節がある。日本薬学会名誉会員の清水藤太郎氏が、透頂香をこう評したという。
「阿仙薬が主体の口中清涼剤ですから、基本的には仁丹や万金丹と同じ薬ですね。別にどんな病気に効くなんて言えません。昔は高貴薬だったのかもしれませんがね」
そうかもしれないが、どうだろうか。透頂香は、仁丹にはない麝香(ジャコウ)を含有している。雄の鹿から採取する麝香は強心作用のある貴重な成分で、ワシントン条約で輸出入ができない。そのため、現存する国内の在庫が尽きれば製造終了と言われている。「救心」も一昔前はこの成分を使っていたが、いまはない。
ほかにも仁丹にはない成分として、寒性生薬の石膏などが使われている。
用法もユニークだ。大人1回10〜20粒。一日3〜4回服用。そして、外箱には記していないが、能書きによると、急性の場合は1回60粒を服用するという。一回の3倍量を頓服で飲む薬は珍しい。私はまだ60粒を一気に服用したことはないが・・・。
じつはこの薬、さらに仰天ポイントがいくつかあるのだが、ここでは意図的に割愛したい。ぜひ、小田原の地で手に取ってもらいたい。
変わりゆく伝承薬
旅行先で伝承薬や家伝薬を見つけるのはおもしろい。
わたしは薬剤師だから、これらの品を手に取った時、まっさきにみるのは成分欄である。すると、現存する伝承薬には共通点があることに気づく。その一つが、類似成分の胃腸・下痢止め薬が多いことだ。修験道から生まれた吉野(奈良)の「陀羅尼助」や、信州(長野)の「百草」、あるいは売薬で栄えた富山の「反魂丹」などは、いずれも黄檗や黄蓮(オウレン)を中心とする伝承薬の代表例だ。もっとも、反魂丹などは、かつては20を超える生薬から組成されていたが、現在流通しているものは片手でおさまる程度の生薬数に変更されている。このご時世、昔ながらの複雑な生薬構成を維持するのは容易ではない。
おそらく、伝承薬のたぐいは、今後も減っていくだろう。外郎は頑張っていると思う。
お菓子のういろうも外郎家
こんにち、”ういろう”といえば薬ではなく、和菓子として広く知られている。実は菓子のういろうも、先述の始祖・陳外郎(ちんういろう)の二代目によるものだとされている。
こんな経緯から、小田原の本店では、お菓子のういろうと透頂香が一緒に売られている。場所はJR小田原駅から南に約1キロ。小田原城を右手に眺めながら直進したところで交差する、国道一号線沿いに本店がある。わたしが訪問したときは、話好きのおじいさんと、若くて感じのいい兄さんが迎えてくれた。ちなみに、小田原駅前にも店舗があり、こちらは調剤薬局が併設されているのだが、透頂香を販売しているのは本店だけなので注意が必要だ。
国道一号を渡って進めば、すぐに真っ青な相模湾が広がる海岸に出る。
夏の観光にもぴったりだ。
魚もうまいしね。
↓静かで相模湾

↓こちらは駅前店なので注意!透頂香は販売されていませんよ!

↓本店近くでおすすめなのは、「鱗吉 囲炉裏」さんの”じねんじょ棒”。絶品!

【参考資料】
●ういろうの歴史
https://www.uirou.co.jp/history/
●透頂香の添付文書

●書籍「日本の伝承薬」
ボリューミーなので辞書的に使ってます。おもしろいよ。
