『家庭の薬学』

自分に合った市販薬を選びませんか?

良いものを作れば売れる、は幻想?「富山の薬売り」システムの巧み

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富山の資料館で考えた成功の秘訣

どうして富山県の薬売りは有名なの?

富山を代表する薬「反魂丹」があるから?反魂丹というヒット商品が、売薬産業に発展に貢献したことは間違いない。でも、それだけで説明ができるかな?そもそも、反魂丹は富山で生まれた薬じゃないんだよ(※1)。

なぜ富山の売薬は成功したのか。富山市内にある幾つかの資料館を訪ねると、そこには3つの理由があった。

富山の薬売りシステムは、ぼくが想像よりもずっと巧みだった。

 

富山を薬帝国にした3つの理由

①「先用後利(せんようこうり)」という販売システム

薬を先に預けて使ってもらい、使った分だけの代金を後から回収するというもの。お客の利便性を考えて、まずは使ってもらい、お代は後々頂戴する。

 

②行政(富山藩)の管理

明治2年に「反魂丹役所」を設け、売薬人の教育と指導監督を実施。信用ある薬を全国に提供する制度を作った。具体的には、売薬人の身元の取り締まり、製薬の吟味、無利子の長期貸付で売薬業を保護した。また、売薬人に対して旅先での振る舞い、博打や喧嘩に注意を与えるなど、厳しく監視した(※2)。

 

③おまけ商法

お客には進物(しんぶつ)という呼ばれる”おまけ”を贈った。お客によって進物の額は異なり、売上の5%が目安だったとされる。最初の進物は、江戸時代後期から作られた売薬版画(当時は錦絵と呼んだ)という浮世絵だった。子供向けには紙風船、得意客には九谷焼や輪島塗などの品を贈った。こうした土産品は、地場産業の新興にも貢献した(※3)。

 

お金は後払いだし、土産をもらえるし、こりゃ嬉しい

①の「先用後利」は、思い切ったシステムだ。なにせ、お代を回収できない可能性がある。現代では、お菓子のグリコがオフィスに置き菓子を設けている。かつて社長がメディアに、

「野菜の無人販売でも90%の回収率でビジネスが成り立つ。オフィスグリコもそれを参考にした。現在、約95%の回収率になっている」

と答えている(※4)。やってみたら、案外、代金回収できるものかもしれない。でも、時代もちがう。富山の商売人たちが、先用後利をどういう気持ちで始めたのかは想像するしかないが、そこに利用者の利便性を優先する気持ちがあったことは確かだろう。

②の行政による後押しも重要だ。昔は薬の粗悪品が多かったことは想像に難くない。その時代に、薬の品質や、販売者(売薬人)の教育を行ったことは、薬と言えば富山というブランドを作るのに大きな役割を果たしたはずだ。

 ③は現代に続くおまけ商法である。ドラッグストアのお客作りの一つに、”おまけ”がある。商品を購入したお客に、サプリや化粧品の試供品(サンプル)をあげるというものだ。たとえば、渋谷、新宿、難波など全国の大都市に51店舗を構える「オーエスドラッグ」では、薬を買うと、欠かさずサンプルをくれる(すべての店舗がそうかはしらないが)。サンプルが嬉しくて、ついつい買ってしまうことがある。電車も飛行機もネット通販もない江戸時代に、各地を回る売薬人たちが、土地土地で入手した土産品をくれるというのは、お客にとってはすごく嬉しかったはずだ。

ちなみに、いまは富山市内の廣貫堂で薬を買うと、紙風船のおまけをくれる。

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便利、安全、楽しいという3種の神器 

こうした富山の売薬システムを見て、色々思うところがあった。

薬の効能の高さは大切だけど、それだけで商売は栄えない。その買い物は便利か?安全か?楽しいか?これらも重要。ドラッグストアのような小売業では当たり前の話だけど、この業界経験の浅いぼくにとっては、つい忘れてしまう要素なのだ。

特に、ものを作る側に身を置くと、どうしても「高品質=善」という価値観が染み付いてしまう。

 

「素材主義」になってはいけない

たとえば、こうしてブログで記事を書いていて、なるべく質の高い記事を書こうとする。でも、そもそも”質”とは何だろうか?

思い出されるのは、「ギズモード・ジャパン」の編集長などを務めた尾田和実さんの言葉だ。2年程前の、とあるイベントでこんなことを言っていた。

「編集者は、素材主義になってはいけない」

”素材主義”という言葉じゃなかったかもしれないけど、まあ、そんな言葉だった。ネタ(情報)のおもしろさに頼るなと尾田さんは言った。ネタをおもしろく料理する、つまり編集をすることが大切だと。「オレはどんなつまらないネタでもおもしろくする自信がある」「いまオレは子育てをしているが、おもしろい息子に育てられる」みたいなことを話していた。

加工という工夫が、質と価値を生むという考え方だ。

 

良いものを作れば売れるという幻想

日本では”日本の技術は高い”とか”良いものを作れば売れる”という価値観が一時あったように思う。日本の製造産業を担ってきたシャープなどの大企業が次々と経営難になる今日では、この言説を真に受けるビジネスパーソンはかなり少数だろう。

今振り返ると、「良いものを作れば売れる」というのは、高い経済成長下でのみ成り立つ神話だったのじゃないかと思える。

雑誌を例に挙げるなら、1980年代は好景気だった。雑誌がよく売れた。でも、良いものだから売れたんじゃない。バブルだったから売れたんだ。そうは考えられないか。

富山は江戸時代から明治にかけて、薬のブランドを確立した。富山の売薬システムが、信頼できて、便利だったからだ。先述の尾田さんの言葉を借りするなら、「素材主義ではなかった」。富山の薬売りシステムの巧みさである。

――というのが、ひとまずぼくの結論。

 

drugstore.hatenablog.com

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※1前回の記事参照

※2「日本の伝承薬」より

http://www.msn.com/ja-jp/money/news/%E5%A3%B2%E4%B8%8A%E9%AB%9853%E5%84%84%E5%86%86%E3%82%92%E8%B6%85%E3%81%88%E3%81%9F%EF%BC%81-%E3%80%8C%E3%82%AA%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%80%8D%E3%81%8C%E6%88%90%E5%8A%9F%E3%81%97%E3%81%9F3%E3%81%A4%E3%81%AE%E7%90%86%E7%94%B1/ar-AAhuwg1

※3富山市売薬資料館より

※4  売上高53億円を超えた! 「オフィスグリコ」が成功した3つの理由