『家庭の薬学』

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サプリメント「安全神話」の作り方【2024/3/25~3/29】のニュース】

先週発表された小林製薬の紅麹のサプリメントによる健康被害は、今週に入って死者5名、入院114名に膨らみました。岸田総理は、

「再発防止へいかなる政策が必要なのかを政府としても検討していく」

と発言し、社会全体を揺るがす一大事件に発展しています。世間の1番の関心は目下、「なぜこうした事件が起きたのか」です。原因は複合的です。さまざまな要因があるのでしょう。ただ、この問題を考える上で大きなヒントとなる報道がありました。

毎日放送が28日付で、実際に健康被害に遭った男性の声を報じていました。この男性は健康診断で肥満傾向だったことから、紅麹のサプリを購入。服用後、数週間で尿の色が濃くなりました。

「おなかが痛くて、尿が出なくて溜まっていく。日に日にきつくなっていた。」過去に泌尿器系のトラブルはありませんでした。尿や腹痛の原因はわからず、それでも男性はサプリの摂取を続け、購入した2パックを飲みきったということです」

https://news.yahoo.co.jp/articles/25039d6f11f05e0c65148672b40e0051151ebc9e

男性はサプリを飲み始めて2ヶ月で入院しました。お腹が痛くて、尿が出なくて溜まっていく。この状態の中でサプリを2パック(40日分)を飲み切りました。男性はサプリ購入時は「小林製薬は知っている会社だから大丈夫」と思っていたそうです。

 

なぜ男性は、

「体調不良の原因はサプリかもしれない」

と思わなかったのでしょうか。

一切の情報がなかったわけではありません。商品には尿の変色への注意が書かれています。

「 筋肉痛・脱力感・尿の色が濃いなどの症状が出た場合は、ご使用を中止し、医師にご相談ください。」

紅麹の成分は、医療用医薬品のスタチンと呼ばれるコレステロールの薬と化学構造が似ています。スタチンには、筋肉痛・脱力感・赤褐色尿などを伴う「横紋筋融解症」という、薬剤師であれば誰もが知っている有名な副作用があります。紅麹とスタチンが同類であることを知っている人であれば、上記の注意喚起は横紋筋融解症のことを指しているのだと察しがつきます。

 

でも、こんなこむずかしいことを、知らなくたって、本当は健康被害は防げそうなものです。飲んだ後に体の異変が起きたら、「あれ?健康食品が原因かな?」と念の為に健康食品をやめればいいのだから。

でも、それができないのは、できない理由があるのだと思います。

私はそれが健康食品の「安全神話」だと思います。薬ではなく健康食品だから安心。天然由来だから安心。効き目も大してないのだから、副作用もほとんどなくて安心。本音をいえば、薬剤師の私にさえ、油断する気持ちがどこかにあります。

 

日本は健康食品を推進してきました。なるべく病気にならず、あるいは病院の世話にならないように、「機能性表示食品」や「特定保健用食品」などの制度を作りました。しかし、一方で、健康食品の専門家は、ほとんど見かけません。サプリメントアドバイザーや管理栄養士といった人たちを、わかりやすく配置しているドラッグストアは少数です。

そもそも、サプリの専門家が存在する、ということも多くの人は知らないでしょう。

専門家もおらず、天然由来のもので、自由に購入できて、有名人が登場するテレビCMがバンバン放送されている。こうした状況の中で、「サプリは安全ではない」という意識を持つことはとても困難です。

 

医療従事者にとって、サプリメントによる健康被害は、多くは無いけど、珍しくもない、といったところでしょう。実際、今回の小林製薬の健康被害も、患者を診察した医師から小林製薬に報告が上がっていました。

国内の健康食品による被害を調査した研究では、「植物由来等」による原因物質が最も多く全体の4割を占め、しばしばニュースなどで大々的に報じられる「医薬品の混入」などは16%ほどです。天然由来が一番、健康被害の割合が多いのです。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjdi/14/4/14_134/_pdf/-char/ja

サプリによる健康被害の症例報告は、調べればそれなりにあります。2012年には、「ノコギリヤシ」が原因と見られる横紋筋融解症が報告されています。報告者は「本例は健康食品が原因の横紋筋融解症の日本での初報告である」としています。

ノコギリヤシと横紋筋融解症の関連性は、海外の文献を見ても類似例が見当たりませんでした。要因不明の、とても稀な症例報告だと思います(患者背景もやや複雑です)。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjdi/14/4/14_134/_pdf/-char/ja

 

こうした事実を知っていれば、「サプリメント=安全」と言い切る気には到底なれないでしょう。

「サプリメント=安全」と思い込んでいるとしたら、それは、「思い込まされている」のかもしれません。

制度、政策、社会によって。軌道修正が必要な時期かもしれません。