『家庭の薬学』

自分に合った市販薬を選びませんか?

【特別企画】市販薬販売、これからの薬剤師にできることは?

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久しぶりの特集企画です。今回のゲストは薬局薬剤師の小嶋慎二さん。小嶋さんの個人サイト「アポネットR研究会・最近の話題」は、薬事行政について調べようとしたことがある人であれば、必ず一度は見たことがあるでしょう。2004年からスタートしたこのサイトほど、長期的に薬事行政を追った個人サイトを、私は他に知りません。どうして、それほど行政に関心をお持ちなのでしょうか?強い気持ちの源泉をうかがいました。(Gerd Altmann/Pixabay) 

開局、そして市販薬が売れない時代へ

――小嶋さんは精力的に市販薬の問題を追っておられます。市販薬問題に高い関心を寄せる理由をお聞かせください。何かきっかけがあったのでしょうか?

kurieditsさん、いつも情報発信ありがとうございます。私は両親の出身地ということで、1989年(平成元年)に足利市で開局しました。当時はまだ分業していた医療機関はまだごくわずかで、市販薬+漢方薬+自家製剤+鍼灸院(平成6年に父が亡くなるまで併設)でスタートしました。 開局してしばらくは市販薬のニーズがあったのですが、開局後4~5年目頃から市内に地場のドラッグストアの出店が相次ぎ、生活者はだんだんとそちらを利用するようになり、市販薬はあまり売れなくなっていきました。

転機となった欧州調査団

転機となったのは、貯金をはたいて、1993年(平成5年)6月に日薬が企画した「欧州医薬分業状況等調査団」(団員には児玉孝先生、中西敏夫先生などの日薬元会長も)に個人で参加したことです。英国での医薬品の分類の仕組みや、今も日薬会長が会員に呼びかけている「市場に流通する全ての医薬品に熟知して、それらの供給にも責任をもつ」という実践を目の当たりにしました。

自局のほうは幸いにも近隣で処方箋発行の医療機関が増えて、今は売り上げのほとんどが調剤報酬となっていますが、こういった理由から医薬品の販売制度やあり方、さらには「くすりは副作用に留意しながらも必要に応じてきちんと使い、不安・疑問があるときには自己判断せずに専門家に尋ねる」といった「くすりとの上手な関わり方」を国民にどうすれば啓発できるかを、以来関心を持ち続けています。

――貯金をはたいて海外を視察することは、思い切った行動です。なぜそのような気持ちになられたのでしょうか?

親が都内で薬局を経営していたこともあり、学生時代から薬局での地域薬局の役割について関心がありました。在学中から他大学や他学部の方と交流する中で、地域薬局はどういうことができるかを考えるようになっていて、実験系の研究室がほとんどの当時としては異端の、「地域における薬局のあり方~プライマリ・ケアにおける薬剤師の役割~」といった卒論もまとめました。 卒後は数年間、社会薬学研究会(現在の日本社会薬学会)の事務局をさせて頂くなかで、海外のいろいろな情報が入ってきて、だんだんと海外の状況を見たいという欲求にかられました。

もう一つは、こちらで開局した平成の初めの頃はちょうど日系人が労働者として定住し始めた時期で、ブラジルやペルーの方が自国の薬を持ってきて、「同じ薬が手に入らないか」という相談がありました。 こういった方たちに地域薬局として、今でいうところのファーストアクセスの場としてどういうサポートができるかを考える中で、今の海外の薬局事情がどうなっているのかを間近に見たいということが理由だったと思います。(開局薬剤師と外国人患者への対応:月刊薬事 35(10) 2045-2049,1993)

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(Jacques Tiberi/Pixabay)

欧州の薬局に見た衝撃的な規制

――なるほど。視察先の欧州で衝撃的だったことを教えてください。

一つはドイツのことなのですが、薬局での取り扱い品目を制限していたことです(基礎化粧品を除く化粧品、日用雑貨、日常食する食料品の在庫と販売の禁止)。後日理由を調べたところ、これは医薬品以外の商品に興味を示しすぎて、本業を疎かにしないようにしないためだそうです。(水野睦郎:医薬分業先輩国に学ぶ薬局の法則(2)、日薬雑誌 45(5) 41-50,1993)

もう一つは、英国で、日本でいうところの医薬品のリスク区分がされていたことです。英国では、処方箋医薬品の“prescription-only (POM)”、薬剤師が関与する“Pharmacy”の分類の他、自己判断で使用しても安全性が担保されているものを必要最少包装に限って一般商店でも販売できる“GSL(general sales list)”という区分がありました。そのリストのコピーを持ち帰ったくらい衝撃でした。

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(Jukka Niittymaa/Pixabay)

日本の市販薬行政に欠けている「レビュー」

――海外と日本の市販薬の差異は、今日でもしばしば論点になります。海外と比較した時の、日本の市販薬行政の一番の問題点はなんだと思われますか?

「生活者が使う」という立場も考慮した、市販薬に含まれる成分についてのレビューを行っていないことです。市販薬の成分について厚労省は、「使用経験が長い=安全」という認識があり、承認の用量であれば問題ないとして、リスクベネフィットの検証が行われていません。

一方、海外の医薬品規制当局は、こういった成分であっても最新の知見などを基に必要な対策を常に行っています。

とりわけ対策が遅れているのは、依存や乱用、悪用される可能性のある成分が含まれる製品についてです。メタンフェタミンの密造につながるとしてほとんどの国で厳格な販売規制が行われている、プソイドエフェドインが含まれる鼻炎薬や、配合されるアセトアミノフェンの大量摂取による肝障害リスクにもつながるとして懸念されている総合感冒薬の販売の在り方については、現場任せにせず、行政はもっと業界を巻き込んで対策を行うべきだと思っています。

――市販薬の成分をレビューすることで、国民にどんなメリットがありますか?

英国では、コデインやジヒドロコデインが配合されたOTC(鎮痛薬として使用)については、2009年に「短期間(最大3日間)の使用に留めることを患者向け説明書やラベルに明記する」「パッケージの正面にはっきりと ’Can Cause Addiction. For three days use only’ という表示を義務づける。広告を行う場合も同様。」「患者向け説明書には,依存の兆候を示す症状を追記する」といった対応がとられています。さらに現在、処方箋医薬品に限定する動きもあります。

日本で同じようなことをすると、OTCメーカーから反発がありそうですが、市販薬であっても、適切でない使用による健康リスクについて知ることにより、くすりとどう関わったらよいかという「くすりについてのリテラシー」を高めることができるのではないでしょうか。

市販薬が専門家の手を離れた分岐点

――小嶋さんといえば、「アポネットR研究会」というウェブサイトです。これほど長く行政の行動を詳細に記録してきた個人サイトは他に見当たりません。サイトの管理人である小嶋さんにとって、過去約20年間の市販薬行政で、もっとも印象的だった出来事はなんでしょうか?

2003年(平成15年)の話なのですが、ドラッグストアが台頭していく一方で、生活者が休日夜間に市販薬が買えないという声がでてきました。そこで、ディスカウントストアのドン・キホーテがテレビ電話という手段でこういった時間帯の販売に乗り出して(販売がだめなら無償で提供するという荒業も)大きな話題になりました。

当時の石原慎太郎東京都知事の後押しもあり、厚労省は渋々テレビ電話の利用を認め、さらに法律上の裏付けとなる省令の変更案を2004年2月に示して意見募集を行ったのですが、一方で通常の時間帯での薬剤師等の常時配置の義務化(当時、昼間の営業時間帯での薬剤師不在が潜在化していた)を盛り込んだことから、ドラッグストア業界などから猛反発を受けました。

意見募集には何と2275件の意見が寄せられました。その中には「OTCで重篤な副作用が起こる可能性は殆ど無い」「薬剤師不足や薬剤師の偏在がある」「一般用医薬品は使用者の判断・自己責任で使用されるものである」といった意見が多数あり、その結果を受けた厚労省は、常時配置の義務化については撤回したという出来事がありました。

確証はありませんが、いわばドラッグストア業界をあげて「OTCはセルフで、専門家の関与は不要」と大合唱したことで、厚労省の方針が撤回され、その後の薬事法改正につながってしまったのではないかと私は考えています。今日のように医薬品購入の際の専門家の介入の必要性を生活者が感じなくしてしまった出来事として、大きな分岐点だった思っています。

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(Pete Linforth/Pixabay)

薬局がOTCを扱わなくなった理由

――「OTCはセルフで、専門家の関与は不要」という声が出ていた背景には、薬剤師が市販薬を販売することが、すでに形骸化されており、制度はその後追いだったのではないでしょうか?なぜ、薬剤師は市販薬の販売から遠のいたのでしょうか?

平成の初めの頃は地域薬局の周辺ではさまざまな出来事がありました。まず、商業政策として、大規模小売店舗法(大店法)で、大規模店舗の出店の際には事前審査が必要だったものが国内外からの圧力から、1992年(平成4年)の法改正で規制が緩和され、郊外でも自由に大型店が出店できるようになりました。

また、過当競争・乱売防止対策として定価販売を促す「医薬品の再販指定(再販売価格制度)」が徐々に解除、1997年(平成9年)からは全ての医薬品で値引き販売が可能になりました。 これにより、ロープライス、ロ-マージンを戦略に大規模チェーンによる大型ドラッグストアが郊外に次々と進出し、旧来の薬局は品揃えや価格面に太刀打ちができなくなりました。

――今日、小売業界で“勝ち組”と言われる、ドラッグストアの形ですね。

一方で、医療政策としては国立病院による院外処方箋の発行推進政策と1992年(平成4年)の医療法改正で、医療の担い手として「医師,歯科医師,薬剤師,看護婦」と「薬剤師」が明記されたことで、調剤業務への関心が高まると同時に、旧来からの薬局との差別化を図るため、OTCを取り扱わない「調剤薬局」が医療機関の近隣に次々と開設されるようになりました。

このため、このときから薬局は、セルフ販売をメインとする「ドラッグストア」、「調剤専門」、漢方専門など調剤や売れ筋のOTCの取り扱いは行わない、いわゆる「相談薬局」のいずれかの道を選ばざるを得なかったのです。

結果、セルフケアの支援としてのOTCの販売に薬剤師の関わりは少なくなり、「OTCはセルフで、専門家の関与は不要」という生活者への認識につながったと思います。現場にOTCを取り扱えといってもなかなか進まなかったのはそういう背景があります。

――そうした政策誘導がある中で、小嶋さんはどのような薬局を目指していますか?

セルフケアの支援に対応できるだけの薬効群のOTCだけは期限切れになろうとも、常に在庫しておいて、対応できるようにすること(でもイザ販売するときパッケージを見ると期限切れしているんですよね)、薬剤師でしか取り扱うことしかできない要指導医薬品や第一類医薬品を可能な限り取り扱うこと、そして地域で処方される可能性がある医療用医薬品の在庫(抗菌薬や風邪関連、生活習慣病関連)を行い地域住民の要求に対応できるようにすることです。

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(mohamed Hassan/Pixabay)

「先人たちのツケ」という声はあるけれど

――中堅・若手薬剤師の方々には、どのようなことを期待されますか?

現在の市販薬の販売制度ですが、2004年5月に設置された「厚生科学審議会医薬品販売制度改正検討部会」での1年半以上に及ぶ議論を踏まえて決められたものです。振り返ってみればこの検討部会は、さまざまな立場の意見にもきちんと耳を傾け、多くの課題は残しつつも、きちんとした合意の上に法改正が行われたと思っています。

しかしながら、市販薬の販売制度をめぐるこの10年というものは、規制改革(推進)会議からの度重なる圧力、また審議会・検討会では医師委員の個人的な見解に基づいた発言や価値観ばかりが重視されるなど、現場を知らない一部の人たちだけで十分な審議が行われないまま様々な制度が決められていく現状があります。そして、これには日本薬剤師会やメディアも異を唱えることはほとんどありませんでした。

今の厳しい動きに、SNS上では「先人の人たちのツケでこうなった」「もう決まってしまったことだから」といった声もありますが、以前と違い物事の決め方に丁寧さがなくなっているということを知って頂きたいと思っています。

ですから、社会の動きには常に関心をもち、疑問があれば現場の視点で可能な限り声をあげていくことこそが、薬剤師(登録販売者)だけでなく、生活者にとって、よりよい医薬品販売制度になっていくと思っています。

 

いかがでしたでしょうか。声を上げることは容易なことではありませんが、声を上げ続けることは、それ以上に難しいことなのに、それでも20年以上現場から見てきた小嶋さんのお話には、読んだ人それぞれが何かを感じるだけのものがあるのではないでしょうか。最後までお読みくださりありがとうございます。

<このインタビューは3/17〜6/14にかけてDMで行いました>