『家庭の薬学』

自分に合った市販薬を選びませんか?

第3のチャネル、薬のセルフ販売機の登場【2022/6/6~6/10のニュース】

先週のことになりますが、大正製薬による日本初の市販薬販売機が新宿駅構内に設置されました。早速、体験してきました。感想を一言でいうなら、便利、これに尽きます。

販売機ではクラリチン、パブロン、ナロンエース、ゼナなどを購入することができます。機械の操作はいたって簡単です。販売機の前で、商品を選んでボタンを押します。会計は電子マネー。カメラによる顔認証などはありますが、戸惑うことはなく、さっさと購入することができました。意外だったのは、水虫やデリケートゾーンの薬も販売されていたことです。この販売機、モニターが大型テレビくらいの大きさなので、何を買おうとしているのか、周囲から丸見えです。なんでこんなにモニターを大きくしているんでしょうね。

今回、市販薬の販売機が登場した背景には、「規制のサンドボックス」と呼ばれる国による規制緩和への試みがあります。規制のサンドボックスは、イノベーションを促進するために既存の規制を限定的に解除し、実験的に運用し、規制の見直しにつなげていく制度です。「サンドボックス」とは「砂場」のことで、ちょうど子供が砂場で遊ぶように、限られた場所で試行錯誤するという意味があります。今回、大正製薬がこの規制のサンドボックスを利用して、設置されたのが、新宿駅にある市販薬販売機です。

販売機の向かいには、市販薬を売る駅売店が立地し、医薬品の資格者が在中しています。実は、資格者が目の届く範囲に販売機を置く、というのが、今回の設置条件の一つなのです。そのため、ジュースなどの自動販売機とは異なり、24時間購入できるわけではありません。

ところで、海外では市販薬の販売機は、そう珍しいことではありません。アメリカのメリーランド州では、昨年、ほとんどの市販薬が販売機で購入できるようになったことを地元メディアが報じています。報道によると、現在の米国ではほとんどの州で市販薬の販売機が許可されており、禁止されているのはメリーランド州を除けば3つの州だけだそうです。

https://wtop.com/maryland/2021/10/more-non-prescription-meds-are-coming-to-md-vending-machines/

興味深いのは、メリーランド州が販売機を解禁した理由に、新型コロナによるパンデミックが影響している点です。平均的なメリーランド州の住民は薬局から5マイル(8キロ)のところに住んでおり、24時間営業の薬局は全体の5%しかなく、薬局へのアクセスが悪い「薬局砂漠」に住んでいます。そこで、薬局へのアクセスが悪い地域に戦略的に市販薬販売機を配置することで、利便性だけではなく、クリニックへのアクセスを減らし、パンデミック時には感染拡大も防げるというのです。

薬局へのアクセスの改善と、パンデミック対策のほかにも、米国では医薬品の販売機が使われています。それは、非常時に使う薬の供給です。例えば、緊急避妊薬が自動販売機で購入できる場所があります。また、ナロキソンという、医療用麻薬による中毒(呼吸抑制)に使う非常用薬を無料で入手できる販売機(無料なので正確には”販売”にはなりませんが)もあります。米国では、医療用麻薬による中毒死亡者が交通事故死亡者よりも多く、社会的な問題になっています。死亡者を減らすにはナロキソンを迅速に投与する必要があります。ナロキソンの販売機は、「薬物乱用者に誤った安心感を与えてしまう懸念がある」とされる一方で、「販売機を公共の場に置くことで、意識を高め、命を救うことにつながる」という意見もあります。ナロキソンは、つい数年前まで、処方箋なしでも薬剤師が販売できるようにするべき、といったニュースが多かった記憶があるのですが、このようにアクセスを高める傾斜が強まると、販売機という選択肢に行き着くことは、ある意味では自然なことかもしれません。

https://www.michigandaily.com/news/ann-arbor/downtown-ann-arbor-district-library-installs-free-narcan-vending-machine%EF%BF%BC/

 

いずれにしろ、薬の販売機は、店頭販売、ネット販売に続く、第3の大きなチャネルになるかもしれません。遠隔で24時間の薬剤師とコンタクトが取れて、どこでもすぐに購入できたら、便利でしょう。例えば、現行法の範囲内でどこまで可能かはわかりませんが、24時間営業のチェーンドラッグストアの中に第一類医薬品の販売機を置き(これは薬剤師不在時の施錠条件を満たしているかもしれない)、特定の場所(店舗販売許可を取得した特定店舗)に集められた24時間対応の薬剤師(他店舗に重複登録することで販売権限を得る)が、遠隔で利用者を確認して販売許可を出すという手もあるのではないでしょうか。深夜勤務の負担をしいられる薬剤師が減ることにつながるかもしれません。自動販売機の物販としての収益性は一般的には低いと言われているものの、おそらく今後は広まっていくのではないでしょうか。それだけの強みがあります。

薬剤師、登録販売者の市販薬への関わり方も、また変わってくると思います。当たり前のことですが、職能というのは、資格者個人の意識ではなく、テクノロジーと社会環境の変化によって進んでいくわけですから。

 

今回の販売機を見て、2020年にイイジマ薬局という長野県にある全国的に有名な薬局で、市販薬販売のデジタル・ショップディスプレイが導入されたことを思い出しました。私もお客として利用しました。大きな画面で周囲からは丸見えなので、プライバシーの確保は難しかった点は、新宿の販売機と同じです。画面を指差しながら、スタッフが丁寧に薬の説明をしてくれるのは、面白かったですが、コミュニケーションは、現物を手に取りながら近距離で話す方がやりやすいと感じました。スタッフかカウンター内、お客は売り場から、画面を眺めるので、互いのソーシャルディスタンスを確保するなら良いと思います。商品を選ぶと、スタッフが操作して、上階の在庫置場から薬が降りてくるという仕掛けでした。イイジマ薬局では、それなりの広さの物販スペースがあり、そこでも市販薬は販売しているのですが、それと並行しての、デジタルディスプレイの導入でした。

日本初、薬局ロボットのデジタル ショップディスプレイ 「BD Rowa Vmotion™ デジタル・シェルフ」実証実験開始 長野県上田市イイジマ薬局にて | 日本BD

イイジマ薬局のデジタルディスプレイは、あくまで相談ありきの販売方法でした。新宿駅にできは販売機は、相談なし、限られた商品から、自分が知っている薬をセルフで買うというのが一般的なスタイルでしょう。現状の社会情勢のままで薬の販売機が広域導入された場合、「セルフ販売」が主体になり、資格者に相談するという行為は、あまり期待されないと私は考えています。