『家庭の薬学』

自分に合った市販薬を選びませんか?

「ロキソニン販売機」が登場する時代【2022/12/12~12/16のニュース】

ああ、ついにきたか、というのが、薬事行政を見てきたあらかたの薬剤師たちの感想ではないでしょうか。市販薬のロキソニン販売の、大きな規制緩和を告げるニュースが、年の瀬に入ってきました。今後、日本では「ロキソニン販売機」が登場するかもしれません。

テレビ電話やZOOMで薬剤師からロキソニンが買える方向へ

読売新聞は今週、ロキソニンなどの第一類医薬品を、政府がテレビ電話やオンライン会議で薬剤師が面談することで販売を認める方針であることを報じました。

薬剤師の常駐義務を緩和、ロキソニンなどオンライン面談で販売可に…政府方針 : 読売新聞オンライン

「政府が月内に開くデジタル臨時行政調査会で方針を決め、2024年6月までに、薬剤師の常駐を義務づけている厚生労働省令を見直す方針だ」。読売新聞の記事がそう伝えた2日後、政府が開いたデジタル臨時行政調査会の資料には、次の方針が掲載されました。

●一般用医薬品の販売等を行う店舗における薬剤師等の常駐: 2024年6月まで

(参考)店舗販売業の施設数:約3万施設(2020年度末時点)

店舗販売業の許可要件として、有資格者等の設置を求めている現行制度について、デジタル技術の利用によって、販売店舗と設備及び有資格者がそれぞれ異なる場所に所在することを可能とする制度設計の是非について、消費者の安全確保や医薬品へのアクセスの円滑化の観点から、検討し、結論を得る。

デジタル臨時行政調査会(第6回) |デジタル庁

まだ、ばくとした表現とはいえ、読売新聞の報道通りになる可能性は高そうです。そうなると、ロキソニンの購入方法も、薬剤師の雇用市場も、大きく変わることはまちがいないでしょう。

「ロキソニン販売機」誕生か

変化を一番わかりやすいところでいうと、「ロキソニン販売機」が登場するかもしれません。今年の夏、大正製薬が新宿駅で市販薬販売機の実証試験を行いました。実証試験と、今回の規制緩和を組み合わせると、ロキソニン販売機は法律上は実現可能になる可能性が高いでしょう(ただし、在庫管理者として薬剤師を置かなくてはいけないか否かという問題は残ります)。販売機の前で、遠隔画像で薬剤師とテレビ電話をして、その場でロキソニンが機械から吐き出される。そんなイメージです。もっとも、販売機の法的な条件には、すぐそばにドラッグストアがあるというしばりがあるため、街角のどこでも販売機を置ける訳ではありません。しかし、最近は薬を置いているコンビニが増えています。コンビニの一角に、ロキソニン販売機が置かれるようになれば、24時間、近くのコンビニでロキソニンが買えるというわけです。

薬剤師センターを設置した”ドンキ式”の復活

コンビニに限った話ではありません。薬剤師がいないためにロキソニンを販売できないドラッグストアはたくさんあります。各店舗にテレビ電話を設置し、他店舗の薬剤師につながるようにすれば、どのドラッグストアでもロキソニンを販売できるようになるでしょう。

あれ?それって・・・どこかで聞いたことがあるような?アラフォー以上の年代の人であれば、思い当たる節があるはず。そう、ディスカウントショップのドン・キホーテが、今から遡ること約20年前、テレビ電話で薬を売ろうとした、アレです。ドンキの挑戦は間もなく行政指導によって中止になりましたが、2003年当時に同社が出したプレスリリースは次のようなものでした。

ドン・キホーテは 8 月 1 日より薬剤師によるテレビ電話での医薬品販売システムを 導入いたします。ドン・キホーテ指定店舗内に 24 時間対応の「薬剤師センター」を新設し、 各店医薬品コーナーと「薬剤師センター」をテレビ電話にて繋ぎます。各店勤務の薬剤師が 不在の場合は、お客様が医薬品コーナーに設置されているテレビ電話から「薬剤師センター」 にお問い合わせをして頂きます。

https://www.donki.com/ir/pdf/030731.pdf

今後はドン・キホーテ式でロキソニンを販売する場所が少しずつ現れるかもしれません(ただし、実務レベルでは、センター薬剤師の待機時間をいかに短くするかが課題となると思います)。

薬剤師不足は一部解消へ

テレビ電話を介したロキソニンが実現することは、産業にも影響を与えると思います。テレビ電話解禁予定の2024年から、5年間という短期間に起こり得ることを挙げてみます。異論はあるでしょうが。

●薬剤師の確保が難しい地方都市で利用が進む。「ただいまの時間は、薬剤師が不在のためロキソニンを売れません」ということが減る。

●それに伴い、市販薬のみを扱う薬剤師の労働市場は、売り手市場から買い手市場になる。一部の薬剤師の給与や時給は下がる。

●調剤併設型のドラッグストアへの影響は短期的には少ない。

●テレビ電話ではなく、リアルで気軽に相談したいという層は多いので、すでに資格者がいる店舗が人員削減する可能性は短期的には低い。

●コンビニなどのドラッグストア以外の企業による市販薬販売が進む。

テレビ電話=危険、ではないが・・・

ところで、こうした規制緩和の際に、必ず議論になるのは、安全性の問題です。ロキソニンが安易に販売されることへの懸念が、ネット上でも散見されます。ただ、テレビ電話という離れた空間からの販売は、初めてのことではありません。なぜなら、ロキソニンなどの第一類医薬品は、すでにインターネットで購入可能になっているからです。ネット購入は、互いに顔を合わせることなく、メールのやり取りだけで完結します。また、電話注文も可能です。声や文字だけのやり取りに比べたとき、テレビ電話でのロキソニン販売のほうが安全性が劣るとは言えません。また、店頭での販売と比べても、テレビ電話のほうが安全性が損なわれる証拠もありません。

むしろ、私が今後焦点を当てたほうが良いと思うのは、販売店側のやり方です。テレビ電話の場合は、どのように得るのでしょうか。単に、店頭販売の延長として考えてテレビ電話でサッと販売するのか、データ管理をして、適正販売につなげるのか。店頭で他のお客さんがたくさん待っている状況よりも、テレビ電話で1対1で話せる環境のほうが、薬剤師もじっくり話せるはずです。どのようなポリシーで販売するかは、企業や現場責任者に委ねられます。しかし、その販売方法は、外部の検証と評価が必要です。ここは非常に重要な点です。

販売・顧客データの管理は義務付けて欲しい

医薬品が大量消費される市場において、大企業ではデータ管理がなければ適正販売はできないと私は考えています。方法を工夫すればデータ管理が容易になるテレビ電話に対して、私は緩やかな賛成の立場ですが、販売者には販売記録と個人情報の記録は義務付けるべきだと考えています。現行の販売記録は、どの薬剤師が、いつ、何を販売したかという記録であり、誰に販売したかは抜けて落ちています。しかし、ここが大事です。

そこまでする必要があるのか?という意見もあるでしょう。「市販薬に重大な副作用はない」というのが多くの人の常識です。実際には重大な副作用はたくさんありますが、死亡につながる確率が極めて低いのは事実です。では、死に至るような重大な副作用がなければ、それでいいのか?これについては最近、潮目が変わっているように思います。例えば、咳止めに含まれるコデインなどは「生活が破綻しにくい依存薬」として、自己責任ではなく、社会問題として捉えられています。2023年からは今よりも販売規制が強化されることがすでに決まっています。「重大な副作用がないからいい」「自己責任」といった市販薬への評価は、そろそろ時代遅れと言っていいのではないか、と私は思っています。

副作用が少ないといわれている・・・・?

最後に、一つ小話を。

「副作用が少ないといわれている●●●●●のなかにも、習慣性になりやすいものがあり、安易な●●●●●を乱用する”傾向”に赤信号が出始めている」

これは、朝日新聞の記事の一節なのですが、●●●●●に当てはまる言葉はなんでしょうか?

・・・・・・・。

・・・・答えは、「精神安定剤」です。この記事は、1965年の11月21日の朝日新聞に掲載されたものです。『一九六〇年代のくすり』(松枝亜希子)によれば、当時は「トランキライザー」と呼ばれる精神安定剤が容易に入手でき、それによる健康被害が社会問題になっていました。いまとなっては、なんでそんなものが広く使用されていたのか?と疑問でしょう。新聞記事の書き口からわかるように、広く当たり前のように使われている薬ほど、そのリスクは過小評価されやすい傾向があります。「みんな使っているのに社会問題にならないのは、安全だからだ」と考えるからです。しかし、社会問題は、そこにあるものではなく、当事者や専門家によって”発見”されるものです。近代市販薬のリスク問題は、いまが、発見するときではないでしょうか。