「緊急避妊薬」ってそもそも何?一般的には、そんなところからスタートする議論かもしれません。
11月20日から一部の薬局で試験的に緊急避妊薬が販売されることを、今週、複数のメディアが報じました。緊急避妊薬とは、性交渉において避妊をしなかった、あるいは避妊に失敗した際に、女性が服用することで妊娠する確率を下げることができる薬のことです。妊娠阻止率は8割程度とされています。100%の効果ではありませんが、服用できれば大きな安心になります。
現状は病院を受診して医師に処方箋を発行してもらわなければ入手できません。しかし、海外では、医師の処方箋は不要で、薬局の薬剤師の判断で販売している国が多数あります。いわゆる緊急避妊薬の”市販化”です。
そこで、日本でも”市販化”に向けた規制緩和が、2017年ごろから厚労省の有識者会議で検討されてきました。当時は慎重な意見が多く、市販化は適さないという結論に(※)。しかし2020年に内閣府の「第5次男女共同参画基本計画」で、緊急避妊薬へのアクセス改善が、女性への健康支援として取り上げられたことで、再び市販化が現実味を帯び始めました。そこから数年間の議論を経て、今回ようやく試験販売に至りました。
日経新聞によると、販売にはいくつかの条件があるそうです。
試験販売する薬局の要件は原則、研修を受けた薬剤師がいる、夜間や土日祝日の対応が可能、近くの産婦人科などと連携できる、個室があるなどプライバシーが確保できる、の4つ。研究参加に同意した人にしか販売せず、購入者に状況調査のアンケートを行う。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA10B040Q3A011C2000000/
試験販売を経て、緊急避妊薬が処方箋なしで購入できるようになることは、ほぼ確実な状況です。これにて一件落着。と、言いたいところですが、ここから激しい議論が、ひと山ふた山待ち構えているでしょう。販売規制をどこまで強くするか、という問題が残っているからです。規制が強ければ強いほど、緊急避妊薬へのアクセスが悪くなり、規制緩和は形骸化します。
日々の社会ニュースを見れば明らかなように、「性」の問題は、今の日本にとって最もパワフルな存在の1つです。多くの場合、抑圧されてきた弱い立場の人の主張が、既存の強者を圧倒します。その際の変化による摩擦や反発も、よく見る現象です。
現状を維持したいという人間の欲求は、90年代に経済学者のウイリアム・サミュエルソンが「Status quo bias(現状維持バイアス)」と名付けて、今日では有名な認知バイアスの1つとして知られています。作家のサミュエル・ジョンソンがこんな言葉を残している、と彼の論文にあります。
「To do nothing is within the power of all men」
緊急避妊薬の市販化は、誰に、どんなパワーを与えることになるのでしょう。
そのとき、”何もしない”というパワーを行使するのは、誰でしょう。
※https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000838177.pdf
※https://scholar.harvard.edu/files/rzeckhauser/files/status_quo_bias_in_decision_making.pdf