『家庭の薬学』

自分に合った市販薬を選びませんか?

被災地と市販薬。非常時に知っておきたい豆知識

能登半島地震の被災地には、救援物資として送られてきた市販薬が大量にある、という話を聞きました。2週間ほど前のことです。

日本チェーンドラッグストア協会は、1月15日、被災地に市販薬などを提供したことを発表しました。今、被災地には、どんな薬が運び込まれているのでしょうか。

被災地でボランティアの手から渡される薬は、いつも自分が使っている薬ではありません。体に合わない薬も潜んでいるかもしれません。非常事態下では、市販薬を安全性を見極める自己防衛力が一層必要になります。

 

たとえば、「ピリン系薬」の知識はその一つです。

2011年、東日本大震災でのことです。

当時、ボランティアでいわき市に応援に入った医療従事者たちの中に、私も混じっていました。車で避難所の体育館に向かい、被災者たちの健康状態を聞きながら医薬品を配りました。その時、医師の一人が突然、

「これ!ピリン系じゃないよね!?」

と叫びました。手に持った薬を被災者に渡す前に、その安全性を薬剤師に確認したのです。

「ピリン系じゃないよね!?」。その言葉に私はドキッとしました。ピリン系!・・・って、えーっとなんだっけ。一瞬、パニックになりました。

 

ピリン系とは「ピラゾロン」と呼ばれる構造を持つ薬の総称です。かつては効果の優れた解熱鎮痛成分として使われていましたが、アレルギー反応を起こす人が多く出たことから、今日では使われる機会の少ない成分です。

しかし、市販薬には「ピリン系」成分が存在します。解熱鎮痛成分の「イソプロピルアンチピリン」。製品としては「セデス・ハイ」が有名です。

様々なピリン系のアレルギー症状の中でも、皮膚に湿疹ができることは特に有名で、「ピリン疹」とわざわざ名前が付けられています。

一定年齢以上の方には「ピリン系が体に合わなかった経験がある」という人がいます。逆に若い方は、そもそもピリン系薬剤を使用した経験がない人も多いでしょう(私も若くはないですが、ピリン系を摂取した記憶がありません)。

日常生活ではピリン系薬を摂取する機会は稀です。しかし、震災のような非常事態なら、ひょんなことから、ピリン系薬を手にする機会もあるかもしれません。ピリン系鎮痛薬を飲むのは慎重になった方がよいでしょう。

 

そして、ピリン系で注意したいことが、もう一つあります。それは、「ピリン系じゃないのに、ピリン系薬であると誤解されがち」な薬の存在です。「バファリンA」という昔からある解熱鎮痛薬があります。この薬の成分は「アセチルサリチル酸」、別名「アスピリン」といいます。アスピリンはその名前からピリン系の仲間だと思われるかもしれませんが、実はピリン系ではありません。アスピリンをピリン系と思い込んで、

「私はピリン系が体に合わないから、バファリン(アスピリン)は飲めないの」

と話す方がいらっしゃいます。

アンチピリンは、ピリンなり。

アスピリンは、ピリンにあらず。

豆知識として、頭の片隅に置いておいてはいかがでしょうか。

余談ですが、最近は薬剤師同士の会話でも、被災地の話がよく出ます。ベテラン薬剤師のかたが、私にこんな話をしてくれました。

「自分は以前、被災地に医療チームでボランティアに入ったことがある。その時、避難所にはたくさんの市販薬があったが、自分はそれまで市販薬を学んでこなかったので、種類がよくわからなかった。薬の専門家として、市販薬のことも勉強しなくてはいけないと強く思った」

非常時、市販薬の知識が必要となるのは、生活者だけではないでしょう。