昨年あたりから小売業界でよく耳にする言葉にD2C(Direct To Consumer)というものがあります。日経新聞などでも特集が組まれるなど、とにかくこれからはD2Cの時代だ!と言わんばかりの雰囲気になっています。日用品も、化粧品も、家具も、実に様々な商品分野がD2Cに注目しています。
その中で、じっと息を潜めている市場があります。市販薬です。
昨日、ツイッター上で、珍しく市販薬とD2Cの話題が上りました。そこでそもそもOTCでD2Cは成立するのだろうか?成立するとしたら、そのとき何が起きるのだろうか?と考えてみました。思いついたことを備忘億としてザッと書いただけなので、かなり読みにくいと思いますが、ご寛恕ください。
D2Cとは?(念のため)
D2Cとは何かについては、いまさら説明する必要はないと思いますのでご存知の方はすっ飛ばしてください。D2Cとは「ダイレクト トゥ コンシューマー」の略です。製品の作り手が、直接、消費者とつながって販売することを指します。例えば、ナイキが、町のシューズストアを介せずに、直接自社のネットで靴を売るというのは、D2Cの形になります。要するに、流通の”中抜き”ですが、ただの中抜きではないというのが、昨今のD2Cのミソです。
この分野の教科書的存在である佐々木康裕氏の著書「D2C 『世界観』と『テクノロジー』で勝つブランド戦略」には、D2Cには、直接販売・安価・ミレニアル世代以下がターゲット、といった伝統的ブランドとの違いがいくつかあります。特に概念上の特徴としては、「世界観」と「テクノロジー」の2つを重視しています。
というわけで、D2Cで大事なのは直接販売という形式よりも、「世界観」「テクノロジー」という概念のほうという前提で話を進めさせていただきます。
世界観は共有されているか?
今年6月、私は55個のOTCメーカーのツイッターアカウントのフォロワー数やツイート数などを調べた結果、全体の傾向として次の2つの特徴があることがわかりました。
①テレビCMなどが盛んな企業のブランドが、逆に全くツイッターに参入していないケースがある(小林製薬や大正製薬のパブロンなど)
②中小規模のブランドが、大企業顔負けの多くのフォロワーを抱えている
ツイッター上では、リアル店舗とは別の”キャラ立ち”が起きています。例えば、フォロワー数がもっとも多かったのは、なんのアカウントでしょうか?答えはロート製薬です。これはまあ、想定内かもしれません。では、2位〜5位はどこでしょうか。おそらく当てることはできないと思います。正解はこちらです。
1位 ロート製薬(12.9万)
2位 メンソレータム(7万)
3位 浅田飴(6.3万)
4位 太田胃にゃん(5.6万)
5位 サンテFX(5.5万)
いかがでしょうか。このように、ツイッターでは独自のコミュニケーションによって消費者と直接結びついています。わたしも結構好きでフォローしてるアカウントもあります。OTC業界にも新しい風が吹いてることを実感しました。
ただし、今のところツイッターアカウントは世界観の話とは切り離されています。むかし、佐藤製薬のさとちゃん遊具や、コーワのケロちゃんの人形など、消費者に親近感を与えるツールがありましたが、それがツイッターアカウントに入れ替わった印象です。D2Cのキモである「世界観」には、「なぜその商品が必要か」という商品価値のロジックが重要なのですが、市販薬メーカーのアカウントは今のところそこには踏み込んでいません。
市販薬において商品価値のロジックは過去に一切なかったかというと、そんなことはありません。例えば、虫除け剤のイカリジンと高濃度ディートの製品は、2014年の夏に国内で70年ぶりにデング熱の感染者が確認されたことがきっかけで、従来よりも強力な虫除け剤が必要とする社会的要請によって開発されました。メーカー自身も、国に必要性を強く呼びかけたと聞きます。「虫除けで社会を守る」という大義があって開発されたわけです。
さて、問題はその後です。新しい虫除け剤は確かに有益であったわけですが、それでは、いまデング熱のことを覚えている人や、イカリジンや高濃度ディートのことを知っている人はどれだけいるでしょうか?ほとんどの人が覚えていないし、知らないと思います。残念ながら、虫除け剤の世界観は一過性のものだったと感じます。
テクノロジーは使われているか?
テクノロジーを使った例として私が思いつくのは2つです。1つは今年シオノギのセデス錠のパッケージについたQRコードです。これは3ヶ国語の添付文書を読み上げるサービスであり、薬効とは別の新たな付加価値を技術によって与えています。それから、メーカーではありませんが、ミナカラという企業が、自社のPBとして市販薬を開発して販売しています。こちらにもQRコードが付いており、読み取ると薬剤師に健康相談ができるそうです。これも新しい付加価値といえそうです。
ただ、こうした事例はごく一部であり、全体としては個性に乏しいのが今の市販薬業界です。
世界観のあるPB品が増える可能性?
むしろドラッグストアに並ぶ市販薬のPB品の方が、今後は個性が出てくるかもしれません。ここで少しPBについて紐解くと、流通経済研究所の加藤弘之氏によれば、日本のPBは1950年代に登場し、70年代にはダイエーが「セービング」などを出しています。ドラッグストアにおいてPBが普及したのは90年代以降とされます。市販薬から始まり、今は日用品はもちろん、食品までPBが登場しています。とは言え、PBが消費者に広く受け入れられているかというと、議論の余地があるようです。ダイエーの中内功氏、ニトリの似鳥氏などを輩出したペガサスクラブの渥美六雄氏は、その原因をこう語っています。
「理由は、お客の買物に影響を及ぼすほどの新しい価値の提案が、できていないことだ。価格面だけを見ても、本来PB商品にあるべき安さ水準に近づいていない」
渥美氏はPB開発の本質は商品企画であると言い切ります。安さではないのです。
例えば、今年8月にツルハは日本初となる機能性表示食品のあんぱんを開発・発売しましたが、これこそ新しい付加価値だと思います。
PBの市販薬で新しい価値を提案しようとしている一例はマツキヨです。ひところ病院でのヒルドイドの処方乱発が問題になったとき、同社はヒルドイドと同じものを市販薬のPBとして開発しました。発売時のニュースリリースにはその開発背景を記し、社会問題に取り組むための市販薬開発という、非常に珍しいアプローチでした。D2Cの特徴である「世界観」で重要とされるのが、なぜその商品が社会にとって必要かという「社会的大義」です。特に若年層が非常に重要視するのがこれです。小売側が市販薬の分野で「社会的大義」を提案できるという貴重な事例でした。
また、今まで市販薬業界のPBはNBを多少いじったくらいのものでしたが、今後はオリジナル性の強いPBも登場しそうだという話も小耳に挟みました(マツキヨが、という意味ではないです)。
PBの動きについては、数年前にECコンサル会社であるいつも.の立川哲夫氏の講演でおおよそこんなことを聞きました。
「アメリカではPB化が進み、メーカーは自社の商品をリアル店舗の棚に置いてもらうことが難しくなってきている。そのため、新しい棚を求めて、アマゾンを含めてネットに進出している。そこで注目されているのが「D2C」というキーワードである」
PBに押される形で、メーカーによる直販とD2Cが加速しているというのです。
というようなことを思い出していたら、ちょうど本日16日、大正製薬からトクホンの新商品のニュースリリースが発表されたのですが、なんとそこには、ドラッグストアではなくアマゾンで発売すると書かれています。こうしたリリースで表明するのはかなり珍しい事例だと思います(詳細未確認。この一例だけでリアル店舗からアマゾンへシフトしていると言える状況ではまだありません)。
さて、日本の市販薬メーカーはD2Cの波に乗れるのでしょうか。市販薬の新しい商品は、新しい世界観を消費者に伝えているでしょうか。近年、各社のサイトはとても小ぎれいになっていますが、見かけだけの直販にならないよう、今後に期待したいと思います。
以上、思いつきの雑感ではありますが、最後までお読みいただきありがとうございます。ご意見などいただけたら勉強になります。