『家庭の薬学』

自分に合った市販薬を選びませんか?

病の「早期発見」を遅らせないセルフケア【2024/6/3~6/7のニュース】

歌手の門倉有希さんが、今週、乳がんのため亡くなりました。50歳でした。訃を報じた記事によると、門倉さんは2018年8月ごろに胸部に異変を感じたそうです。痛みを自覚しながらも、たんなるできものだと考えて、年末ごろまで市販薬の塗り薬で対処。翌年2月に貧血で倒れて入院し、そこで乳がんが見つかったといいます。

門倉さんは生前、

自分の体に対する過信や自己判断が発見を遅らせたと反省している

と語っていました。

 

門倉さんは胸のしこりを、3〜4ヶ月にわたって市販薬で対処していました。皮膚が赤くなる炎症性乳がんだったのか(炎症性乳がんはしこりがないとされているようですが)、詳細はわかりません。後から振り返り「過信や自己判断」だったとしても、当時の門倉さんにとっては、それまでの人生経験の中から導かれた、ご自身なりの合理的な判断だったのでは、と勝手な想像をせずにはいられません。

門倉さんのおっしゃる「反省」は、誰にでもあり得る状況で、他人事とは思えないのです。

 

どうしたらいいのか。私の立場で言えることがあるとすれば、それは近年、国がセルフケアの手段として推奨している「薬剤師に相談する」という選択肢です。

さいきん、市販薬の品揃えを充実させている薬局が増えた気がしませんか?その理由は、この6月から始まった国の新制度にあります。薬局が市販薬をたくさん品揃えて、地域住民にとって身近な健康相談所として機能しないと、国から得られる保険点数が不利になる(場合がある)ようになったのです。

 「薬局=健康相談」にピンとこない人もいるでしょう。でも、薬剤師の守備範囲は、一般の方々が考えているよりも、もう少し広い。 薬剤師のトレーニングの1つに「臨床推論」という言葉があります。ある症状に対して、どんな病気が考えられるかを考える思考プロセスのことです。

 

たとえば、「咳が出る」といった相談に対して、ただの風邪なのか、薬の副作用なのか、胃の不調(GERD)からくる咳なのか、さまざまな可能性を思い浮かべます。 薬剤師は、臨床推論を頭の中に入れて、健康相談に対して「市販薬で対処できるか」を考えます。 臨床推論は元々は、医師が患者を診察する時の概念です。薬剤師の推論には、診断のプロである医師ほどの精度はありません。でも、それなりに役に立つと思います。

門倉さんの症状が仮に「胸のしこり」があったとしたら、「乳がん」を疑う典型的な症状です。近所の薬局の薬剤師に相談していたら、おそらく大半の薬剤師は乳がんなどの可能性を念頭に、「一度早めに受診したほうがいい」と助言したと思います。しこりがなくても、痛みが続けば、それはもう市販薬で対処できる状態ではないと判断できます。薬学的な見地からすると、継続的な痛みに対して市販薬にできることは、そう多くはないのです。

 

健康管理のコツは、自分一人で抱え込まないことです。家族や友人といった「自分を理解している人」たちのほかに、「医療のトレーニングを受けた人」としての薬剤師を加えてみるのは有効でしょう。

門倉さんの訃報に接し、そう思います。

ご冥福をお祈りします。